【デスマッチ女王 工藤めぐみ伝説 邪道姫40年目の激白(18)】引退ロードで神取忍選手との〝3番勝負〟は2試合戦って私の2連敗。その2戦目、1997年1月5日のLLPW後楽園大会でのストリートファイトマッチでは、後楽園ホールのバルコニーから宙づりにされてしまいました。ストリートファイト戦では「誰にも負けたくない」という気持ちがありました。そのストリートファイトマッチで負けてしまったのですから、とても屈辱的だったことが鮮明に記憶に刻まれています。
チェーンで首を絞められたまま場外に投げられて、ロープで宙づりになり絞首刑の形になりました。一気に首が絞まり、そのまま意識を失い、落ちてしまったのです。その動画が残っていますが、映像を見ると、私は目を見開き、恐ろしく、ぞっとする表情をしていました。「こんな状況だったんだ」と初めて知りました。
その後はバルコニーに連れていかれて、チェーンでグルグル巻きにされて宙づり状態で自ら得意とするスタイルでの敗北…だからこそ3戦目は、何が何でも負けたくありませんでした。
ノーロープ有刺鉄線デスマッチの3戦目はエルボーアタックで勝利。自分の中では有刺鉄線とストリートファイトに充実感を感じていました。それに神取選手とは他の選手とのデスマッチとは違った感触があって、すごく新鮮でやりがいがありました。神取選手は〝ミスター女子プロレス〟と言われるだけあって、普通の女子選手とは違った風格がありました。ガツンと攻めたら、倍になって返ってくる。気持ち的に神取選手とはデスマッチの波長が合うと感じていました。
97年4月18日の後楽園大会では、JWPの尾崎魔弓選手と「ノーロープ有刺鉄線バリケードマットダブルヘルデスマッチ」で戦いました。尾崎選手とは、私がこの先に現役を続けていたなら、もっともっと激しいデスマッチをやれたのではと思っています。この試合は、私にとって「最後の後楽園」でした。それまでの試合前は「怖い」という意識より試合に向けての気持ちで高ぶっていました。でも、この日は「最後の後楽園」ということに大きなプレッシャーを感じていました。後楽園ホールは特別な場所でしたので、すごく緊張したことを覚えています。
バリケードマットは場外の板に有刺鉄線が置いてあり、その上に落ちたときは頭の中が真っ白になるくらいの激痛でしたね。でも、このスタイルでは、絶対に負けられない。そう思って戦い、勝つことができました。尾崎選手もデスマッチに特別な思いがあり、自信のある選手。最後に戦えたのは本当によかったと思います。
そして、尾崎選手との激闘の11日後、私は引退試合を迎えます。














