【デスマッチ女王 工藤めぐみ伝説 邪道姫40年目の激白(16)】ストリートファイトマッチは何度も経験してきましたが、今思えばデスマッチとは部類が違っていました。そうした中、全日本女子プロレスの同期で長年一緒にやってきたコンバット豊田が引退することになり「ノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチ」で幕を閉じたいと言ってきました。

電流爆破戦を制して豊田(下)をリングから送り出した(96年5月)
電流爆破戦を制して豊田(下)をリングから送り出した(96年5月)

 恐怖心と女子が電流爆破のリングに上がるのは正しいのか?という葛藤がありました。豊田の気持ちに応えたくても電流爆破となると即答できず、決断まで時間がかかりましたが、最後は熱意に気持ちが傾きました。相手が豊田だからこそ最初で最後の電流爆破になると、覚悟を決めました。

 大仁田さんから「危険だからやめろ」と言われましたが、豊田が何度もお願いしてOKをもらいました。私自身、全女を辞めて悔いが残ったことがあったので、豊田が悔いを残して辞めていくのは避けたいと。2人にしかできない試合をしようと考えました。

 1996年5月5日の川崎球場大会で、女子史上初となる電流爆破マッチが決定しました。試合はダブルメインイベントとなりましたが、試合順では後ろに1つ試合があり、実質的にセミファイナル。やはりメインを取りたかったですし、豊田とは2人で「女子がFMWのメインを」と目標にやってきただけに、悔しかったですね。

 4月18日の爆破テストには豊田とともに立ち会い「怖い」のひと言。正直見なければ良かった…と思いましたね(笑い)。豊田はいろいろなことを考え、眠れない日が続いたそうです。いざ自分が電流爆破戦をやるとなると全くの別物。私もやると判断するまでには時間を要しました。

 迎えた5月5日。プレッシャーはありましたが、それ以上に豊田をきちんと見送りたいとの気持ちでした。ただ私が豊田のドロップキックで吹っ飛び、最初の爆破を受けたときの衝撃はすごかったです。「この試合まだ続くの?」と思って怖くなりました。痛みと恐怖心と体のダメージで、心も折れかかりました。

 電流爆破のリングは自分が何度も見てきたものとは違う世界でした。リングは2面が有刺鉄線で、2面が電流爆破で囲まれて逃げ出せない空間です。爆破では五感がやられました。火薬の臭いで臭覚、目に爆破の破片が入り視覚、衝撃音で耳が聞こえずに聴覚、口に火薬の粉が入ってきて息苦しくなり、やけどの痛みと、すべてが一瞬で襲いかかってくるので、パニック状態になります。

 会場ではリングにだけ照明が当たり、周りは暗くて見えません。豊田を見据えても、ギラギラした有刺鉄線しか目に入ってこず、恐怖に襲われます。有刺鉄線は肌の中をえぐられる感覚で想像以上の痛みでした。2度の爆破を乗り越えて21分26秒、スピニングクドウドライバーで勝ち、豊田を送り出しました。 

 

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