【デスマッチ女王 工藤めぐみ伝説 邪道姫40年目の激白(12)】1992年7月からFMW女子は全日本女子プロレスとの対抗戦に突入します。まずはFMW女子の(シャーク)土屋と前泊(よしか)が殴り込みという形で全日本女子の会場(大田区体育館)に行きました。私も(コンバット)豊田も記事を見て知りました。それに対し(ブル)中野さんと北斗(晶)さんがFMWの(8月11日)大阪大会に来て…という流れがありました。

コンバット(左)とともにアウェーの全女の試合を観戦した(92年8月) 
コンバット(左)とともにアウェーの全女の試合を観戦した(92年8月) 

 大阪大会では私と豊田が組み、土屋、前泊組と挑戦者決定戦。そこに勝って中野さんと北斗さんと戦うことに。まさかこんな日が来るとは思っていなかったです。もともと対抗戦があるとも知らず「本当に実現するのかな」と思っていました。しかも名乗り出てきたのが、全女のトップ選手。不思議な感覚でした。

 2人とも私が全女にいたとき、すごく上の存在。北斗さんは1つ上の先輩で実力は十分に理解していました。ただ、私も豊田もFMWの上でやってきて「はい、そうですか」とはいかない。FMWは愛着を持って自分が第2のプロレス人生に選んだ場所。団体を背負って立ち向かっていかないと、と感じました。

ブル(左)にヒップアタック(92年9月)
ブル(左)にヒップアタック(92年9月)

 8月30日には私と豊田で、全日本女子の後楽園大会を視察しました。全女ファンからは敵対心が感じられる空気感の中で試合を観戦。皆さんの敵視がバチバチに感じられて、自分の古巣という感覚は全くありません。

 92年9月19日のFMW横浜スタジアム大会。リング上で中野さんと北斗さんが対角にいた時、やっと団体の枠を超えた戦いが始まる…と実感しました。2人は全女のトップスターでオーラ、世界観があり、対抗戦には独特の緊張感、雰囲気、熱があります。それまでのFMWリングとは別ものの興奮と熱さが瞬時に感じられました。

 対中野さん、北斗さんということもありましたが、対抗戦の雰囲気は刺激的で他に体感できないものでした。それまでどの試合にもテーマを持ってリングに上がってきましたが、それを超越していました。試合では中野さんのパワーと迫力、北斗さんのスピードがケタ違いで、技の一つひとつというよりは醸し出す雰囲気、世界観がすごかった。決して崩れない空気感に圧倒されました。

 団体の看板がかかった対抗戦は、中野さんのギロチンドロップで私がピンフォール負け。自分の実力不足で団体の選手に申し訳なさがありました。リングに上がった4人だけではなく、団体を応援するファン同士の戦いでもあったので、ファンの皆さんにも申し訳ない気持ちがありました。

 ただ、当時はFMWで男子の下でメインを取れず、もがいていた時期。この試合の熱気は女子プロレスのパワーが男子にも負けない可能性を持っているとすごく感じた試合でもありました。

 

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