【プロレス蔵出し写真館】nWoジャパンの総帥・蝶野正洋と全日本プロレスのエース、三沢光晴の〝夢の顔合わせ〟が実現した。
今から28年前の1998年(平成10年)8月14日、中央区銀座の富士フォトサロンで17日から開催される「第2回プロレス写真記者クラブ展」のオープニングパーティーに2人が駆けつけた(過去、プロレス大賞での絡みはあったが、ビッグネームになってからは初対面)。
写真映えする、大物同士をゲストに迎えるというコンセプトのもと、2人を招いた。
蝶野は「いろいろ改革を始めようとしているのは知っている。上を目指そうという点ではオレたちと相通じるものがある。プロレス界の古い体質は変えていかなければいけない」と話すと、三沢も「会社的なものがクリアされれば(交流戦は)いつでもOKだと思うよ」と和やかに談笑し、お互いの電話番号を交換した後も話し込んだ。
仙台へ向かう予定があった三沢に、仲田龍取締役が気をもんだ。2人の話し合いは長く続き、マスコミは離れて見守った。結局、三沢は新幹線を最終便に変更する。
さて、2002年(平成14年)2月1日、新日本プロレスの北海道立総合体育センターでの「猪木問答」で、蝶野はオーナーのアントニオ猪木から現場監督を任された。
オーナー猪木の独裁により長州力、マサ斎藤、永島勝司取締役は発言力を失っていた。1月に武藤敬司、小島聡、ケンドー・カシンと新日本の中枢にいた5人の社員が辞表を提出して、全日プロへ移籍した。
蝶野は当時を振り返り「リングの上で『現場仕切れ』って言われたが、猪木オーナーの下にいる新日本の取締役、運営側はみんな反目だった。そんな状況で(現場を)引き渡された。マスコミから『5月の東京ドーム大会はどうするんですか?』って聞かれたけど、やるやらないという段階じゃなかった。中側(内部)がもう崩壊というか、そういう方向に向いてなかった」と明かす。
「〝これどうなってるんだ〟っていう状況で誰も動かない。オレは別に会社から取締役だとか、現場監督って任命を受けてなかったけど、行動を起こした。行き過ぎた行動っていえば行き過ぎた行動だったかもしれない」
蝶野は、プロレスリング・ノアを興しエースとして君臨していた三沢に電話して出場の約束を得る。〝初対面〟から約4年後に〝夢の初対決〟が5・2東京ドームのメインイベントに決定した。
「それしかないだろっていうカードだよね。自分が商品として動かせるハードはないのか?っていう選択だった」
ドームは超満員5万7000人の観衆で埋まった。セミファイナルが終わると、三沢コールが湧き起こった。新日本の会場に三沢のテーマ曲「スパルタンX」が鳴り響くと、観客は興奮状態だ。
2人はケンカキックとエルボーの真っ向勝負を展開。花道で蝶野がパイルドライバーを決めると、三沢がまさかのエメラルドフロウジョンで叩きつける。リング上では猪木イズムと馬場イズムが交錯した。三沢が卍固めを決めれば、蝶野は河津落とし。三沢は〝16文キック〟ばりの蹴り。さらにランニングネックブリーカーを繰り出した。
最後は三沢が倒れ込むようにエルボーを突き刺し、意識もうろうの蝶野がカウント2・9で返したところで30分時間切れのゴングが鳴った。
テレビ朝日系で19時から21時まで生放送された平均視聴率は7・1%。瞬間最高視聴率は9・9%だった。
「メイン直前、テレビの生放送が始まるところで、オレと猪木さんの2人が控室にいるっていう絵を撮るっていうことでスタンバイしていた。だからアップ(練習)をする時間がなかった。結局(テレビは)1分半ぐらい流すけど、びっくりするぐらい猪木さんとまったく何の会話もなかった。急に入れられたスケジュールで、オレも猪木さんとちゃんと話してなかったから」
猪木はドーム大会翌日に会見すると「(満員になったのは)オレが営業を手伝ったから」と語り、今後のノア勢参戦には「傭兵に頼っていると滅亡する」と否定的な考えを口にし、成功したのは「小川(直也)、橋本(真也)、高山(善廣)、(ドン)フライが良かった」と〝猪木軍団〟のおかげだと言わんばかりだった。さらに、地方サーキットに小川は必要とまで語った。
蝶野を現場監督にして全権委任したかに見えたが、あっさりと反故にしたのだった。
「オレも猪木さんに対して反目。猪木さんからしたら新日本改革が進行してるからオレもたぶん邪魔な存在だったと思う。オレが一番邪魔だったかもしれないな。オレがやってたT2000って(格闘技路線と)真逆だから。でもそれで新日本は興行作ってた。だからオレは〝オレを簡単に引きずり降ろせない〟っていう自信はあった」
蝶野は「(三沢との試合は)格闘技路線のリングに2人で〝プロレスの旗〟を立てられた。そんな感じだった」と振り返った。
ドーム大会は成功に終わったが、その後の新日本のリングは蝶野の〝純〟プロレスと、猪木の格闘技路線のせめぎ合いが続いたのだった(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る













