【プロレス蔵出し写真館】〝破壊王〟橋本真也のZERO―ONE旗揚げ戦に三沢光晴が参戦した。
試合終了後、カオスな状況に陥ったリング上のやり取りに、ファンは大熱狂した。
今から25年前の2001年(平成13年)3月2日、両国国技館で三沢率いるプロレスリング・ノアが橋本が興したプロレスリングZERO―ONEと対抗戦を行った。
三沢は秋山準とタッグを結成し、橋本&新日本プロレスの永田裕志組と対戦。三沢と橋本はこの年の1月13日、ノアの大阪大会で初対決(三沢&小川良成組 vs 橋本&アレクサンダー大塚)が実現し、激しい攻防を繰り広げていた。
2度目の対戦となったこの日は、秋山に気を取られる橋本に三沢が背後からパンチを浴びせ、バックを取って投げ捨てジャーマンを見舞った。片エビ固めで押さえ込み、19分10秒で勝利を飾り、3試合行われた対抗戦に全勝した。
フォールを奪われた橋本が秋山に向かって行くと、それを合図に両陣営のセコンド全員、20人以上がリングになだれ込んだのだ。
この大混乱のリング上で、まさかの歴史的な遭遇が実現し、観客のボルテージは最高潮に達する。アントニオ猪木率いる団体「UFO」の小川直也がエプロンに上がったのだ。
小川はマイクを握ると「橋本、コラ。だらしねぇ試合してんじゃねぇ、この野郎! 三沢! 受けてもらおうじゃねぇか、勝負を」。そう言うや否や、三沢が突進。小川に強烈なエルボーがさく裂した(写真)。
藤田和之もリングインして小競り合いに加わり、「誰が強いか決めりゃいいじゃねぇか」とアピール。どさくさに紛れ小川の右頬にパンチを浴びせるノアの選手も。「誰だこの野郎!」。小川はさらにエキサイトし「三沢、なめるなよ。この野郎」。そう叫んでリングを下りた。
橋本にマイクを渡された三沢は「お前らのな、思う通りにはしねぇよ。絶対!」。ぶぜんとしてきびすを返す三沢に、橋本は「三沢、三沢。思い通りにしてやるから覚えとけ」と追い打ちをかけた。
〝大〟三沢コールが湧き起こる中、三沢はリングを後にした。
三沢は試合後「やるから出ろ、ハイじゃない。そういうやり方にはついていけない」と交流戦が白紙であることを強調。小川へのエルボー制裁の真意を「終わったばかりで気が高ぶっていた。UFOは現段階では(交流は)ない」とキッパリ。しかし、その後「なるようになる」と意味深なセリフも付け加えたのだった。
後に小川は「試合じゃないんだけど、忘れられない〝戦い〟だ。試合後に乱入して三沢さんを挑発したのはもちろん狙ってのこと。それでエルボーを食らったけど、痛いのなんのって。初対決の遠慮はなかったね。彼としてもノアを旗揚げしたばかりだから必死だったんだろう。気付いたらみんなリングに入って暴れてた。藤田までオレの味方になって、なぜか秋山をブン殴ってるし。みんなプロとして自己主張。熱かったねえ」と語り、「オレとしては橋本さんのゼロワンに成功してもらいたかったんで〝シメシメ〟って思ってたけどね」と打ち明けた。
ところで、この旗揚げ戦はZERO―ONEのリングにもかかわらず、メインを裁いたのはノアの西永秀一レフェリーだった。
西永レフェリーは「レフェリーも、ノアから1人お願いしますって言われて、行ったら自分がメインやってくれって言われました。試合後、橋本さんが自分に『ありがとうございました』ってお礼言ってくれたんですよ。橋本さん的には、試合には負けたけど、興行として大成功に終わったから、ありがとうっていう言葉だったのかなと思います」と語った。
そして「大乱闘になって選手がバーッて上がってきて〝おお、すげえことになったな〟と思ったけど、それは自分の範ちゅう外なんで(笑い)。小川さんを殴ったノアの選手がいるんですか? 杉浦(貴)選手じゃないかな」。西永レフェリーはそう予想した。
さて、三沢は4月18日のZERO―ONE日本武道館大会にも出場を求められたが、3日前の15日、ノアの有明コロシアムで初代GHC王者決定トーナメントの決勝が開催されるため返事を保留した。しかし、橋本の熱意に負けた格好で出撃を決意。小川との〝禁断の対決〟が実現することとなる。
この年の8月24日、「ノア1周年パーティー」が恵比寿のウェスティンホテルで行われ、橋本が満面の笑みで三沢と握手を交わす姿が見られた。公にはこれが最後のツーショットとなった。
たった2試合のタッグ対決だったが、2人の絡みは今、映像を見直しても迫力満点だ。シングルマッチが実現しなかったのは、かえすがえすも残念だった(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る














