【プロレス蔵出し写真館】小川直也が蝶野正洋とユーチューブチャンネルでコラボし、興味深い事件の真相を明かした。
バルセロナ五輪柔道男子95キロ超級銀メダリストで、全日本柔道選手権優勝7回、世界選手権4度制覇という実績を引っさげ、小川がプロ格闘家に転向したのは今から28年前の1997年(平成9年)、29歳のときだった。アントニオ猪木と佐山サトルの総合格闘技団体「UFO」(ユニバーサル・ファイティングアーツ・オーガニゼーション=世界格闘技連盟)に入団した。
4月12日、新日本プロレスの東京ドーム大会でIWGPヘビー級王者の橋本真也と異種格闘技戦でデビュー。裸絞めを決めて勝利したが、5月3日、大阪ドームでの再戦では、うずくまっているところに橋本の左足の蹴りを側頭部に食らい、失神KO負けを喫した。
さて、翌年の98年(平成10年)6月5日、新日プロの日本武道館大会で、前代未聞の事件が勃発する。
小川が明治大学の大先輩で、プロレス入りでも世話になった坂口征二社長を襲撃したのだ。この日、新日プロとの決別を宣言していた小川は最終交渉のため坂口社長、倍賞鉄夫常務取締役と会場内の運営本部で会談を持った。
報道陣をシャットアウトした際には笑顔を見せていた坂口社長の表情が、10分後に一変した。無言で運営本部を出た坂口社長は小川に、「今日は帰れ。ウチの大事な試合の日にお前に構ってられない。来週、事務所へ来い」と日を改めての再会談を申し入れた。
ところが、小川は「それでは話にならないじゃないですか」と反抗。坂口社長は小川をなだめながら、ドアの外へ追い出す。すると小川は「ふざけるな!」と坂口社長を突き飛ばした。あわてて倍賞常務が間に入り「帰れ!」と怒鳴る。小川は手を緩めず胸ぐらをつかむと、坂口社長も反撃。大混乱の中、小川は引き揚げた。
坂口社長はムッとして報道陣に「UFOでもなんでも行ってくれ。小川は好きにやりたいというが、誰かが命じているなら情けない。小川に対してだけでなくオレにも収まらないものがある」と小川の背後にいる〝黒幕〟の名を口にすることはなかったが、暗に非難した。
この日の午前中に猪木と会食していたという坂口は翌日も怒りは収まっておらず、「(小川は)情けない…。事態を知った猪木さんから『とんでもないことをした。悪かった』と謝罪された。マスコミ立ち会いの場所で小川に土下座でもしてもらわん限り、会社としても個人としてもUFOとの関係は白紙にしたい」と怒りを新たにした。
坂口は数年後、テレビ番組で「オレの人生において最大の後悔。小川をプロレスに誘ったこと。お恥ずかしい。柔道界の恥。明治大学の恥です」。そう吐き捨てた。
小川はユーチューブで「猪木さんから『ぶっ飛ばしてこい』と命じられた」とハッキリと明言。当時、新日プロで派閥争いがあったとして、襲撃も〝派閥争い〟の副産物だったと語った。
ところで、坂口は猪木IGFでの小川を褒めていて、和解したことをうかがわせた。「2010年度プロレス大賞授賞式」(2010年12月15日、グランドプリンスホテル赤坂)では坂口にあいさつする小川の姿も見られた。坂口が元気なうちに和解できたことは救いだった(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る













