【グレイシーハンターの〝真実〟 IQレスラー桜庭和志 実録 桜道(4)】1992年、中央大学生だった俺は単位が足りずに留年。スポーツジムのインストラクターとして就職も決まっていたのに〝5年生〟になってしまいました。ただ、そこでプロレスラーになりたかったことを思い出して、日大レスリング部出身の高橋和生(現・義生)さんに電話をかけて「藤原組に入りたいです」と相談しました。

中央大の寮でポーズを決める(98年ごろ)
中央大の寮でポーズを決める(98年ごろ)

 すると「入団テストならいつでもやってるよ」って言われたので「今は体重がないので、体重増やしてから行きます」って伝えたんです。ところがそれから2週間もしないうちに、今度は「週刊プロレス」に「UWFインターナショナルが練習生を募集している」っていう記事が出たんです。その年齢制限が22歳になっていたから「まあ返事は来ねえだろうな」と思いつつ一応、応募したんです。そしたら電話で返事が来て入団テストを受けることになりました。

 今考えると、要は「使いっ走り」が欲しかったんだと思います。高山善廣さん以降に入門した新人がみんな辞めちゃっていなくなっていたから…。そういえば入門後、高山さんから「お前の入る前に日体大柔道部のヤツが入ったんだけど、1か月くらい逃げたんだ。お前はそうなるなよ」って言われましたね。

 入門テスト? 誰が見ていたかはもう覚えていないですけど…。受けているのは僕1人で何人かに囲まれてやったのは覚えてます。めっちゃ急な坂道を何本かダッシュして「ヒーヒー」言いながら道場に帰って、そこからヒンズースクワットを何百回かして、さらに「腕立てと腹筋を潰れるまでやれ」って言われて…。最後に和田良覚さん(※1)とリングで相撲を取りました。ルールは「ロープに触ったら負け」だったんですけど、もうヘロヘロだったから早く終わらせたくて反り投げ(※2)しました。反り投げすれば、どっちが勝ったかは分からないけど相撲が終わるでしょ。だから「もう負けていいや」と思ってやりました。

 そんな状態だから結果はダメだろうと思っていたんですけど、意外にも合格の電話が来たんです。だけど「入るんだったら8月終わりまでに連絡をくれ」っていう条件付きでした。「まだ大学が残ってるんです」って話したけど「来年入るんだったらその時にもう1回テスト受けろ」って言われて…。それで「大学なんかレスリングで入ったから卒業しなくてもいいや」ってことで大学を辞めてUインターに入ることにしました。親には散々、文句を言われましたね。

 ※1…Uインター旗揚げ戦でレフェリーデビュー。現在もRIZINなど多くのイベントでレフェリーを務めている

 ※2…相手を抱えてから、自身の体を後方に反らして投げる技 

 

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