【デスマッチ女王 工藤めぐみ伝説 邪道姫40年目の激白(最終回)】引退した翌年の1998年、BADBOY非道選手と結婚しました。引退前はほぼ接点がなかったのですが、コンバット豊田を交えて食事に行ってから交際が始まりました。タレント活動やプロレス解説をしてきましたが、2015年に超花火プロレスのエグゼクティブプロデューサー、20年にゼロワンのGMに就任させていただきました。
彼は本当に病院が嫌いでした。体調が悪くなることが多くなり「病院に行って」と言っても「大丈夫やから」と聞き入れません。そうしているうちに入退院の繰り返し。入院すると少しして良くなり試合に戻り、そのうちにまた体調が悪くなるの繰り返しでした。
コロナ禍で入院すると、なかなか面会に行けなくなりました。本人とはやりとりしていましたが、私に病状を詳しく伝えず「大丈夫、大丈夫」と答えるだけで、その言葉をうのみにしていました。ただ、実際は症状が悪くなっていました。ここまでひどくなっているとは…と思うほどでしたが、お医者様が言うには私が心配するからと口止めされていたそうです。コロナ禍の面会ができない間に急変してしまいました。つらいとも苦しいとも言わず最期まで「大丈夫、大丈夫」でしたが、もうちょっと私がついてあげられれば…とはすごく思います。最期の言葉は「ありがとう」でした。
最後まで引退という言葉を口にせず「現役」にこだわっていました。最期はごくごく近い人だけを葬儀にお呼びして見送りました。亡くなってから4年。毎日、私と同じ食事をお供えし、朝と一日の終わりに手を合わせています。家族としてかわいがっていたワンちゃん3匹も一年一年と亡くなり、一気に家族がいなくなりました。体調を崩して病院に通いましたし、頭も脱毛になり精神的にかなり参りました。
今現在も引きずっていますが、彼はプロレスをやりたくて最後まで引退宣言をせずにリングに上がることだけを考え、治療を頑張っていました。プロレスのリングに戻れなかった悔しさは、私が返していかなければいけない。本人ができなかった分を、私が一生懸命やることが一番喜んでくれると思い、現役のままの彼とともに私はプロレス界に立ち続けています。
私の人生は常に隣にプロレスがあって、プロレスから学ぶことがいっぱいあり、プロレスのおかげで今日まで頑張れています。そして、支えてくださった皆さんのおかげで生かされていると実感しています。現在はデビュー40周年大会という大きな目標に向かって走っていますが、プロレス人生の大きな大きな挑戦です。ゼロワン、Roseに関わり、プロレスの中で生きていけるのは本当に幸せです。
その気持ちを忘れずに、皆さんに少しでもプロレスの持つ〝夢と力〟を伝えていけるよう努力します。
(終わり)














