【グレイシーハンターの〝真実〟 IQレスラー桜庭和志 実録 桜道(29)】2005年6月26日、僕は「PRIDE GRANDPRIX 2005」のミドル級トーナメント2回戦でヒカルド・アローナ(ブラジル)と戦うことになりました。実はこの頃、周辺に不信感を抱かざるを得ないような状況に追い込まれていました。そのストレスもあってメチャクチャ練習したんですよね。とにかくムキになって練習に打ち込みました。

アローナ(下)に飛びかかった
アローナ(下)に飛びかかった

 その結果、体重が80キロを切っちゃいました。それで「やべえ!」ってことで試合2、3日前からとにかくメシを食って82キロくらいまで戻したんです。契約体重はミドル級のトーナメントだから、もちろん93キロです。アローナは当日で97~98キロほどありました。だから対戦したらとにかく重いのなんの…。なんとか腕十字を狙ったりもしましたが決め切ることができず、打撃を散々受けて2ラウンド(R)終了時点でTKO負けを喫してしまいました。

 その後、2つの出来事が未来を大きく分けることになります。1つは真剣勝負をそんなにやったこともない人間の、人を見下したような言葉に対して僕の感情が爆発してしまったこと。アローナ戦で〝スイッチ〟が入っていた僕は、これで高田道場をやめる決断をしました。

 そしてもう1つは、シュートボクセ会長のフジマール(フェデリコ)の存在です。アローナ戦でボコボコにされて病院直行になったんですが、そこに榊原(信行=※)さんが電話をくれて「フジマールが心配していたよ」って話してくれたんです。〝え、なんでフジマールが僕の心配するの?〟って思うじゃないですか。敵だし。それなのに「あの体重じゃ軽すぎる」って気にしていたと聞いて、榊原さんに「じゃあ、もう、僕もシュートボクセに入れてください」ってお願いしたんです。とにかく環境を変えたかったから。

 それを聞いたフジマールからも「ぜひ、練習に来るといい」って返事をもらって。アローナ戦から2か月たった8月、僕はブラジル・クリチバのシュートボクセを訪れました。

 シュートボクセでの練習は楽しかったし、集中できました。ブラジルに行ったことのある若い選手も一緒だったから、言葉の壁もなんとかなったし、食事もおいしかったんですよ。シュラスコももちろん食べたし、あとはホテルの隣の量り売りのレストランがよかったんです。肉とか豆とか米とか、なんでもあって好きなだけお皿にのせてから重さを量って金額が決まるシステム。かなり大ざっぱですよね(笑い)。おかげで体重もみるみる増えました。

(右から)シュートボクセのフジマール会長、ヴァンダレイ・シウバ、コーチのコルデーロ
(右から)シュートボクセのフジマール会長、ヴァンダレイ・シウバ、コーチのコルデーロ

 そんなシュートボクセでの練習は…。

 ※現RIZINのCEO。05年当時はPRIDEを運営するドリームステージエンターテインメント社の社長だった

 

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