【グレイシーハンターの〝真実〟 IQレスラー桜庭和志 実録 桜道(28)】2004年は6月20日の「PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUNDE」でニーノ〝エルビス〟シェンブリ(ブラジル)と再戦した1試合のみでした(結果は3ラウンドで判定勝ち)。確か「年齢的にもちょっと休ませてほしい」と話もしていた記憶があります。35歳の年でしたから。

シェンブリ(右)にリベンジ!(04年6月)
シェンブリ(右)にリベンジ!(04年6月)

 それでも、本当は大みそかにも試合をする予定だったんです。ヴァンダレイ・シウバ(ブラジル)との4試合目を。ところが、その試合に向けてグラップリング(組み技)のスパーリングをしていたら、まさかの〝故意のヒザ蹴り〟を入れられてしまって、その瞬間に「バキッ」って音が鳴りました。起き上がろうしても痛みで立ち上がれないほどでした。

 病院で診察を受けたところ、肋骨の骨折。しかも折れた骨がダイレクトに神経に触っていたから激痛が走っているとのことでした。

 この負傷によりシウバとの4戦目は消滅。シウバはマーク・ハント(ニュージーランド)と対戦することになりました。本当なら、シウバは自分より体の小さい僕と対戦するはずでしたが、一転して自分よりはるかに大きい相手と戦うことになってしまいました(結果は判定1―2でシウバが敗北)。

ハント(上)との“体格差マッチ”に臨んだシウバ(04年12月)
ハント(上)との“体格差マッチ”に臨んだシウバ(04年12月)

 だから、さすがにこの試合後に「ごめんね~、ケガしたせいであんなに重い相手とやることになっちゃって」と一応、声をかけに行ったんですよ。そしたらフジマール(フェデリコ・シュートボクセ会長)が「大丈夫、大丈夫」って。最終的にフジマールとシウバと「ハッピーニューイヤー!」って話をしました。

 翌年「PRIDE GRANDPRIX 2005」のミドル級GPが開幕。初戦は4月23日のユン・ドンシク(韓国)戦。試合開始から38秒で決しました。柔道出身のユン・ドンシクが予想外にパンチで来たからカウンターを返したらこれが決まってTKO勝ち。てっきり寝技で来ると思っていたんですけどね。

 この試合から2~3か月ほどしてからユン・ドンシクと一緒に練習する仲になったんです。そしたら実はメチャクチャ寝技が強かったんです。何回か腕十字を取られて、それで、いろいろ考えて逃げ方を覚えましたもん。だから、あの時にもし寝技を仕掛けられていたら、僕が負けていた可能性もあったと思います。

 ユン・ドンシクには腕十字の〝必勝パターン〟があるんですよ。それになると必ず取られる。あとは「四つ」で組み合った状態になると強いんですよ。そのコツとかも教えてもらったりしました。そしてGP2回戦の相手はヒカルド・アローナ(ブラジル)。この頃から僕の周囲は、にわかに慌ただしくなっていきます。その理由は…。

 

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