【全日本四天王が語る歴史の分岐点 田上明 王道の証明(11)】1996年の俺は強かったよ。まずは4月のチャンピオン・カーニバルでスティーブ・ウィリアムスに勝って初優勝すると、5月には三沢(光晴)から3冠を取るんだけど、よく勝ったと思う。
そして川田(利明)と組んだ年末の最強タッグリーグでも優勝した。川田が強かったんじゃないか。なんとなく負ける気がしなかったもんな。コンビネーションは結構いい感じでいってるし、そんなもんでしたよ。この年は年間グランドスラムを達成した。自分にはいい年だったよね。大変な年でもあったけど。そのぐらいタイトルマッチって疲れるんだよ。
三沢との最後の3冠戦(97年7月)は負け。そんなに負けたかなーって思うんだけど、重要なところで負けてばっかりなの。そこ(タイトル戦)にたどり着くまでが大変なんだけど、まあ仕方ないよな。
97年には全日本プロレスに高山(善廣)と垣原(賢人)が入団してきた。高山はデカかった(身長196センチ)ね。キックが強烈だったし「えらいのが来たな」と思った。垣原はちっちゃくて生意気そうなやつだなって。実際、どっか行っちゃったし。高山は礼儀正しいちゃんとした男だったよ、口は悪かったけどね。俺はUWF系団体の、ああいうキックとか使うこともなかったし、あんまり気にならなかった。俺も(ジャイアント)馬場さんと同じようなキックだしね。
そういえば北尾光司との幻の試合(※)があったんだ。馬場さんから「やれ!」って言われてさ。やりたくなかったかって? 勘弁してくれと思ったよ。東京ドームでやった北尾のデビュー戦(90年2月)を見に行ったんだけど、シャツをビリビリって破ってハルク・ホーガンのモノマネをするもんだから、俺は噴き出しちゃったよ。おまけに胸がぷるんぷるんってさ。試合してたらリング上でも笑っちゃって話にならなかっただろうな。あいつといい試合できる自信なかったよ。
幻は幻で終わって良かったね。でも北尾は横綱だったんだもんな。余談だけど、北尾は北勝海(現八角親方、日本相撲協会理事長)や寺尾(元関脇)と同じ花のサンパチ(昭和38年)組。俺は昭和36年生まれだから2個上だった。大相撲時代は寺尾に負けたことなくて、北勝海には1勝1敗だったよ。北尾とは当たったことがなかったね。
この時(東京ドーム大会)は結局、大森隆男と井上雅央と組んだんだね(対グラジエーター&黒田哲広&保坂秀樹)。大森は最初の付け人ですごく真面目なヤツだった。
※98年5月の全日本プロレス初の東京ドーム大会で、田上VS北尾のシングルマッチが計画されていた













