【全日本四天王が語る歴史の分岐点 田上明 王道の証明(8)】1992年7月にスタン・ハンセンの持つ3冠ヘビー級王座に初挑戦した。何をやったかとかまでは全然覚えてないけど、緊張していたのは覚えてる。チャレンジャーになるのも大変だからね。足場固めに強いのを倒していかなきゃいけない。ベルトを取るのはもっと大変だけどね。

 タッグでは92年の最強タッグ(世界最強タッグ決定リーグ戦)は秋山(準)と組むことになった。オールマイティーな何でもこなせる動けるヤツ。本当にいい選手だと思ったね。パワーだけはなかったから、これから鍛えればいいレスラーになるんじゃないかってね。

 その次の年は川田(利明)とタッグを組むことになった。超世代軍を勝手に飛び出した川田が「組もう」って言ってきたんだ。俺は組みたくなかった。好き放題やりそうじゃん…、鶴田さんよりひどいかもよ。でも馬場さんも「入れる」って言うし、鶴田さんも「いいんじゃない」って言うから…。そこで俺がダメって言うことはないからね。こうして川田との「聖鬼軍」が結成された。

川田(右)はベストパートナーだった(93年7月)
川田(右)はベストパートナーだった(93年7月)

 序列的には五分と五分。川田が先輩だけど、俺の方が年上だった。別に一緒にいてワイワイやる感じじゃないし、普段もろくに話もしない。でもアイツと試合したら息が合うんだよ。技をやってほしいなって思う時にアイツはもう形をつくってる。一番多くタッグ組んで「ベストパートナー」だったね。

 若い者同士だったし、対抗心はあったよね。でも川田とはバカな思い出しかないよ。一緒に飲み行った時の話だけど、濃いウイスキーと薄いウイスキーのグラスを交ぜて「どーっちだ」ってやられたから、俺が「こっち」って選んだら薄い方で、濃い方は自分で飲む羽目になっていた。おかしいだろ。

 別の機会だけど、三沢(光晴)が俺のこと呼び出したの。そしたら、その時いた川田がてんこ盛りのそうめんみたいなの持ってくるの。変だなこれって思ったら、中にブラジャーが入ってた(笑い)。それは一緒にいた浅子(覚)に食わせてやったよ。

 93年の5月の札幌ではスティーブ・ウィリアムス、テリー・ゴディ組を破って世界タッグを手に入れた。強力なタッグチームだったけど、普段は気がいいやつらで、少し抜けてるところがあったな。当時の俺は30歳ぐらい? 速いじゃない、すごいじゃない。まだまだこのころはグリーンボーイに近いよ。「俺ってなかなかやるな」って思ったのは30代も半ばになってからだったね。

 93年6月には三沢と小橋(建太)が挑戦する世界タッグ王座戦(日本武道館)があった。試合は全然覚えてないけど、このぐらいから全日本で「四天王」って呼ばれ出すようになったんだ。