【全日本四天王が語る歴史の分岐点 田上明 王道の証明(5)】1988年1月にデビューした当時はいろんな外国人選手と戦っていった。ブルーザー・ブロディは、トップロープからのニー食らった時はもう死んじゃうかと思ったね。初対戦(88年3月、新潟、田上&ジャンボ鶴田VSブロディ&ビッグ・ブバ)でも、あっという間に負けたよ。
スタン・ハンセンは「ブレーキの壊れたダンプカー」って言うけど、本当にそういうもんだね。大変だったよ。ウエスタンラリアートは首がもげちゃうと思った。(タイガー・ジェット)シンなんか、もうめちゃくちゃ。でもプロレスは上手だよね。ハンセンと似たようなもんだ。何やってくるか分かんないし、試合がガチャガチャになっちゃう。デビューしたばっかりで勝てるわけはない。その点(アブドーラ・ザ)ブッチャーはシンと違って反則も考えてやっていたから厄介だったね。
その全員、試合はやりたくねえけど、順位をつけるとしたら、やっぱりシンとはやりたくねえな。その次がブッチャー、ハンセン、最後がブロディ。アイツは試合はちゃんとやるもんな。ブロディは88年7月に亡くなったけど、一緒に戦った仲間だからね。追悼の意はありますよ。
「嫌なレスラー」で言えば天龍(源一郎)さんもその一人だったな。シューズでおでこを蹴られて痕がつくんだよ。最初の試合(88年3月、神奈川・南足柄、田上、石川敬士、ザ・グレート・カブキ組VS天龍、阿修羅原、冬木弘道組)から、そんぐらいやられたね。
天龍さんは大相撲時代に押尾川部屋へ遊びに来た時、冗談で「お前、相撲取りの体じゃない。レスラー向きだ」って言われたことがあった。その時は、さっと聞き流してたけど本当に入っちゃうとは思わなかったね。天龍さんとしては同じ相撲出身の先輩として「そうはうまくいかんぞ」ってのが頭にあったんじゃないのかな。
リング外でも宿なんか行ったら、酒飲まされて大変だった。阪神が優勝した年(2003年)にはトイレに行っても「阪神優勝ばんざーい!」なんて言って頭からビールかけられたんだ。俺が用を足してるのにだよ(笑い)。それで結局廊下でひっくり返って寝て、朝起きたら口に観葉植物が入ってたんだ。本当にとんでもなかったよ。
天龍さんは「良き先輩」じゃない「良くない先輩」だった。昔の選手だからいろいろやられたよね。先輩としてプロレスを教えてくれたかって? ないよ。試合の中で教えてもらってたかな。今になって思えば全部笑い話だけどね。
88年6月には「打倒天龍同盟」を掲げた「決起軍」が立ち上がって俺もメンバーに入った。しかし、そんな天龍さんを巡って大騒動が巻き起こったんだ。













