
田上明「王道の証言」
全日プロレスで「四天王」と呼ばれた田上明の新連載「王道の証言」がスタート。1990年代に〝田上火山〟とも称される爆発力と192cmという恵まれた体格を生かした必殺の「喉輪落とし」を武器に全日本マットを席巻し、団体の黄金時代を築き上げる一翼を担った。さまざま出会いと別れ、出生から現在に至るまで波乱万丈な半生を振り返った。


【田上明連載#19】4億円の借金を一人で背負うことに 若手に負債を残していくのは嫌だったんだ

【田上明連載#18】ノアの社長に就任 取り巻きの経営を握ってる人間に〝悪いヤツら〟がいっぱいいた

【田上明連載#17】控え室で休んでいた時、石森太二がやってきて「社長が倒れて動かねえ」って

【田上明連載#16】44才でGHC初戴冠 初防衛戦で元付け人・森嶋猛と試合ができてうれしかった

【田上明連載#15】蝶野正洋とタッグ戦 新日本はすごい個性を出すじゃん。三銃士はみんな見せ方が上手だった

【田上明連載#14】新技「俺が田上」の技名はリング屋が新聞記者と考えたんだよ Tシャツだって…

【田上明連載#13】なんで三沢光晴に付いていくことにしたのか 新団体「プロレスリング・ノア」始動

【田上明連載#12】1999年 馬場さんが死去 亡きがらを見た時には涙が出たよ。最後に交わした言葉か…

【田上明連載#11】幻は幻で終わって良かった…北尾光司との試合、馬場さんが「やれ!」って

【田上明連載#10】チャンピオン・カーニバル優勝、写真撮影の時に「パー」ポーズが生まれた

【田上明連載#9】「四天王」は本当は「四バカ」だよ 断崖式喉輪落としを考えたのは渕正信さん

【田上明連載#8】川田利明との「聖鬼軍」 組みたくなかったけど…試合をしたら息が合った

【田上明連載#7】1992年 4回目の挑戦で世界タッグを獲得も…ジャンボ鶴田さんの入院で解散になった

【田上明連載#6】全然決起しなかった「打倒天龍同盟」 〝SWS騒動〟経て結成された「超世代軍」

【田上明連載#5】天龍源一郎さんは「良き先輩」じゃない「良くない先輩」だった

【田上明連載#4】1987年ジャパンプロレス入門 小橋建太は当時から練習をよくやってるやつだったよ
