【全日本四天王が語る歴史の分岐点 田上明 王道の証明(最終回)】2016年11月にプロレスリング・ノアの事業がエストビー株式会社に譲渡されて選手やスタッフは新会社に移った。俺だけが社名をピーアールエヌに変えた旧会社に残り、17年2月には破産手続きを開始した。

 社長だった俺が負債の約4億円を背負って破産した時は、もうため息しか出なかったよ。細かな債務整理なんかは全部弁護士がやってくれたけど、お金になるものは全部処分した。今はもう借金を返したけど、知り合いが家を買ってくれたりして、助けてくれたね。

 生活のためにいろいろな仕事をやったよ。運送会社で荷物の仕分けもやったし、マンションの管理人もやった。仕分けは年末の期間だけだったけど、管理人はそれなりの間やっていたよ。57歳ぐらいまでは、そんな生活だったかな。

 でも18年に胃がんになっちゃったんだ。家でぶっ倒れて、救急車で病院に運ばれて胃潰瘍で緊急手術。なんとか命は助かったんだけど、その後、検査したら医者から「胃がん」だって言われて、胃を全摘出することになった。食も細くなって、もう全然食えなくなっちゃったね。

 そこから仕事を辞めて今のお店(ステーキ居酒屋チャンプ)で肉をさばくようになったんだ。前から母ちゃん(清美夫人)が普通の居酒屋をやっていたんだけど、そこで「ステーキもやる」って言い出したから。もともと魚はさばけたから、ステーキ屋をやってる松永(※)の所に肉のさばき方を習いに行ったんだよ。1時間だけだったけどな(笑い)。

「ミスターデンジャー」を経営する松永光弘
「ミスターデンジャー」を経営する松永光弘

 お店では肉をさばくのとちゃんこを作るのが俺の仕事。ちゃんこは慣れてるお客さんだけが頼む裏メニューなんだ。腰も悪いし、居酒屋の奥の席に座ってお酒を飲むのが今の楽しみだね。

 こう改めて、自分の半生を振り返ってみると、意外に覚えてないことも多かったな。「あぁ、そんなこともあったな」ってことばっかり。やっぱり年取ると物忘れが激しいもんな。

 プロレスラーになって良かったかって? まあいいんじゃない? でもやってなかったらどんな人生だったろうね。レスラーが天職だったかなんて自分には分からないけど、少なくともサラリーマンには向いてなかったとは思う。今のプロレス界に言いたいことなんてまったくないけど、レスラーもえらい小さくなっちゃったなとは思うね。

 今は人並みの生活してるから十分だよ。そんなにお金はないけれど、ご飯は食べられるし、孫はかわいいよ。小学校1年生でランドセル背負って家に帰ってくるんだ。これからの人生でやりたいことは…合コンかな(笑い)。 (終わり)

 ※元プロレスラーの松永光弘氏。ステーキハウス「ミスターデンジャー」の店主。