TAJIRIのプロレスラーとしての原点には、ウルティモ・ドラゴンこと浅井嘉浩の存在がある。
まだ大学1年生だった秋、福岡・博多スターレーンでユニバーサルレスリング連盟の大会を観戦した。当時の浅井は、小柄な体を理由に日本ではプロレスラーになれず、単身メキシコへ渡って成功をつかみ、日本へ逆輸入された存在だった。「浅井さんは日本でレスラーになれなくて、メキシコへ行って逆輸入された人なんですよね。その生きざまが、めちゃくちゃカッコよかったんです」。大学生だったTAJIRIは、リング上の姿だけでなく、そこに至るまでの浅井の歩みにも引かれていた。
その日、浅井の代名詞の一つだったラ・ケブラーダも目にした。リングから場外へ向かって放つ華麗な大技だったが、TAJIRIは自らの原点を一つの技だけに結びつけることはしない。「試合全体を通して、この人はカッコいいなっていうのを記憶した日なんです。ラ・ケブラーダという一つの技だけを切り抜くような感じじゃないんですよね」。30年以上前だけに、試合の細かな部分まで覚えているわけではない。それでも、一つの技の衝撃だけではなく、試合全体を通して浅井というレスラーに引きつけられたことが記憶に残っている。
その思いは「自分もプロレスラーになりたい」という憧れだけにはとどまらなかった。浅井が日本でプロレスラーになれず、メキシコへ渡って成功したという歩みを知っていたからこそ、リング上で目にした姿もTAJIRIには特別なものだった。「僕の原点は『プロレスラーになる』ということではなくて、『浅井嘉浩のような生きざまを送りたい』ということだったんです」。大学1年生で出会った1人のレスラーの存在が、自らの将来を考える大きなきっかけになった。
もちろん、この時点では浅井はリングの上で見ている存在にすぎず、TAJIRIはまだ大学生だった。後に自分もプロレスラーとなり、浅井と接点を持つようになることなど知る由もない。それでも、博多スターレーンで試合を見たことを境に、憧れは見るだけのものではなくなった。この日を境に、大学生だったTAJIRIの日常は、それまでとは違う方向へ動き始めることになる。













