【全日本四天王が語る歴史の分岐点 田上明 王道の証明(6)】全日本プロレスの創始者・ジャイアント馬場さんから「やれ!」と言われて1988年6月に「打倒天龍同盟」を掲げた決起軍が立ち上がった。でも、あんまりやる気はなかったな。別に仲がいいメンバーが集まったわけじゃねえんだから。信ちゃん(仲野信市)だけはちょっと仲良かったけどね。結局「お前ら全然決起しないから」って解散させられたよ。何だよそれって思ったよね。

 この頃の俺は低迷期だった。相撲から来たばかりで、プロレスのことが分からないから、自分でも思うところはあった。見てる人からしても「鈍くさい」って思われてたんじゃないかな。観客からは声援よりもブーイングの方が多くて。あんまり多いもんだから思い切って試合の方もラフファイトに走りがちだった。ロープに相手の首を打ち付けたりね。でも、何も言われないより「ブー」でも、何か言われる方がいいよね。

 そんな中、90年4月に天龍(源一郎)さんがSWSに移籍する騒動があった。馬場さんから「天龍が辞める」って聞いた時はびっくりした。会社大丈夫なのかなって心配にもなった。でも「裏切り者」とかそういう気持ちはなかったね。天龍さんには天龍さんの生き方があるんだろうからね。最後はなんかあっけないな、えらいすっぱり辞めたなと思ったよ。

 6月に初めてのベルト、アジアタッグを信ちゃんと取るんだけど、信ちゃんもSWSに行っちゃったから防衛戦もせずに返上。アホらしいよ。取った時はうれしかったけど、信ちゃんも移籍のことなんて何も言わないからさ。せっかく取ったのに返上なんて、ちょっと寂しかったよな。

 かわいがってくれた(ザ・グレート)カブキさんも何も言わねえで行っちゃった。プロレスってこういうものなのかなとは思った。えらい時間がたってからカブキさんの店には行ったよ。何の話をしたかって? バカな話ばっかりだよ。

 引き抜きは全くなかったし、行きたいとも思わなかったね。馬場さんに相撲を辞めた時に拾ってもらった身だから、SWSに行っちゃうと恩をあだで返すことになる。そういうことをしたくなかったんだ。俺は馬場さんを裏切れないからさ。

砂浜を走る超世代軍の(左から)菊地毅、小橋建太、川田利明、三沢光晴、田上明(90年8月)
砂浜を走る超世代軍の(左から)菊地毅、小橋建太、川田利明、三沢光晴、田上明(90年8月)

 まあ頑張らないとしょうがないと思ったね。(ジャンボ)鶴田さん一人じゃどうにもならないし。若い世代で頑張らないとって「超世代軍」が結成された。8月には千葉で合宿があって、俺はジープで行ったんだけど、川田が「乗せろ」って言うんだよ。「シートベルトしろよ」って言ったのに、しないもんだから頭から砂場に突っ込んじゃってさ。大笑いだよ。

 でも馬場さんから1日目で「帰ってこい」って言われ「鶴田と組め」って指令が下ったんだ。

 

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