新日本プロレスジュニアの祭典「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア(BOSJ)」は7日大田区大会で決勝戦が行われ、YOH(37)が前年度覇者・藤田晃生(23)を破り、初優勝を飾った。2012年11月のデビューから苦節13年半、ついに悲願のシングル初戴冠。奇才開眼の裏には、プロレス人生をかけた一大決心と〝カリスマ〟からの金言があった。

 かつて所属した「CHAOS」の選手の技を多用したYOHは、レインメーカーからのDIRECT DRIVE(旋回式ダブルアームDDT)で激闘に終止符。「時間はかかったと思うんですけど、時間をかけたって感じですね、ここまで。一つのスタイルを作れたかなって」と胸を張った。

藤田との決勝戦での常に舌なめずりだったYOH
藤田との決勝戦での常に舌なめずりだったYOH

 エリート街道とはかけ離れたレスラー人生だった。大学3年時に入門テストに合格するも、学業を優先。新日本から「履歴書と合格の事実は残しておきます」と言われたはずが卒業後の再テストは書類で落とされ、不合格通知と一緒に入っていたのは、復活直後のプロレス学校の生徒募集案内というあくど…いや暗黒期からの脱却間もない団体の対応に翻弄された。プロレス浪人を経てのデビューにも、YOHは「今考えたら、これでよかったなと思うんですけどね。田中翔(SHO)が同期だったので」と振り返る。

 転機は2021年8月、SHOとの名タッグ「ロッポンギ3K」解散後に訪れた。「彼が地位を確立していって、じゃあ俺は何をするんだこれからって考えた時に、小さくまとまってたなって。23年のBOSJからデニムのパッチワークを着用したんですけど、そこにも意味があって、一回再構築して自分の新しいスタイルを作ろうと。そこから人をあおったり挑発するスタイルを取り入れたんです」

 結果的にこれが奏功して唯一無二のオリジナリティーを手に入れた格好だが、レスラー人生をかけた大バクチだった。「これでウンともスンとも言わなかったら辞めるわって。この位置のままで終わっちゃったら俺はセンスないわ、という開き直りみたいなものですよね。もしかしたら内藤(哲也)さんとか、中邑(真輔)さんも同じ感じだったのかなって」と明かす。

2016年1月まで新日本に在籍した中邑真輔
2016年1月まで新日本に在籍した中邑真輔

 現在の〝奇才〟の姿を予見していた男がいる。YOHが海外遠征に行く16年1月に新日本を退団した中邑だ。「ヤングライオンの時に『お前の変態性を出せば、お前は売れるよ』って言われたんですよ。確か後楽園のトイレなんですけど、その意味が今はすごく分かりますね」。YOHの〝素質〟を見抜いていた中邑はさすがとしか言いようがないが、その言葉は10年以上の時を経て現実のものとなった。

 14日大阪城大会では、IWGPジュニアヘビー級王者DOUKIへの挑戦が決定的。今年2月に高橋ヒロムが退団し〝顔〟を失った新日ジュニアをけん引するために、今度こそYOHが最高峰王座を手に入れる。