【プロレス蔵出し写真館】「超・燃える闘魂 アントニオ猪木展」が4月20日から大丸福岡天神店で開催中だ。2024年の初開催より展示の規模が拡大された。5月6日が最終日(入場無料)。
数々の名勝負、好勝負を残した猪木は、今から28年前の1998年(平成10年)4月4日に東京ドームでドン・フライを相手に引退試合を行い、リングを去った。
94年から約4年をかけて引退まで大会場限定でファイナルカウントダウンと銘打ってシングルマッチで戦った(カウントダウンの合間に組まれたタッグを含めて特別試合がある)。
蝶野正洋は当時を振り返り「あの頃の猪木さんは現場の人間からしたら邪魔だった。政治家の売名みたいな感じ。いいポジション、いいところへやっぱり入って来る(※猪木は89年から参院議員を務め、95年に落選して政界から退いた)。長州(力)さんが盾になってくれてる感があった」と語る。
さらに「終焉迎える人間をどうのこうのなんて思いは新日本にはないんで。上を目指してる連中、オレなんかもそうだったけど年間、体張ってやってる人間からしたら、邪魔でしかない。年2回解説に入ってるけど、今の新日本の現場も、同じようにオレをそういう目で見てる感じがする」と言葉を続けた。
猪木は、周囲のそんな雰囲気を感じ取っていただろうか…。
さて、そんな猪木が〝最後の大勝負〟にすべく指名したのがビッグバン・ベイダーだった。この一戦は96年1月4日、東京ドームでカウントダウン第5戦として行われた。
この日のメインイベントは、前年10月9日の東京ドームで開催された「新日本プロレスvsUWFインターナショナル全面対抗戦」で行われた武藤敬司VS高田延彦(IWGPヘビー級選手権)の再戦。猪木VSベイダー戦は第7試合に組まれた。
ベイダーは自伝「VADER TIME 皇帝戦士の真実」(徳間書店)で、試合前に猪木から言われたことを明かしている。
「可能な限りハードにオレをぶちのめせ。わざとらしかったり、弱いと思われるような試合ではなく激闘を見せたい」
ベイダーは猪木の〝リクエスト〟に応えた。ゴングが鳴るとベイダーハンマーを振るう。ボディースラム、ノド輪落とし、リバーススプラッシュで畳みかけ猪木はボロぞうきん状態だ。
「もうやめてくれ」。猪木の劣勢に、超満員6万4000人の観客が叫んだ。
この試合のハイライトは5分すぎに放たれたベイダーの投げ捨てジャーマン(写真)。後頭部をマットに叩きつけられた猪木が、バウンドして1回転するほど衝撃的なものだった。
ベイダーは「猪木があまりにひどく受けたので、殺してしまったかと思ったほどだ。技を食らった猪木は1分ぐらい動かなかった」と回顧している。
復活した猪木は、タックルをかわしてボディースラム。腕ひしぎ逆十字固めを決め、ベイダーをギブアップさせた。
長州は「猪木さんは死んでもいいというファイトをした。それを見て、レスラーとは何かを俺たちぐらいになると感じる。でも、オレはまだまだだよ」としみじみ語った。
試合後、猪木の手を上げて勝利をたたえたベイダーは、打ち上げパーティーでも自分のかぶっていた帽子を猪木にかぶせて談笑し、2ショット写真に納まった。猪木の右目には包帯が巻かれていた。
後に猪木は「ベイダーの攻めを受け切れるかどうかが自分のテーマだった。前年の武藤VS高田戦に厳しい評価をしたことで選手、ファンから反発があった。いくら言葉で戦いを語っても伝わらないことを痛感した。それならやってみせようという気が湧き上がってきた。(試合は)俺なりに満足感はあった」と明かしている。
〝落日の闘魂〟猪木が見せたベイダーとの激闘は、今でも語り継がれる〝最後の名勝負〟となった(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る














