【プロレス蔵出し写真館】今から25年前の2001年(平成13年)4月18日、ZERO-ONEの旗揚げ第2戦、日本武道館大会で三沢光晴と〝柔道王〟小川直也の夢の初対決が実現した。

 1か月半ほど前の3月2日、両国国技館で行われたプロレスリングZERO-ONEの旗揚げ戦に参戦したプロレスリング・ノアの三沢は秋山準と組み、橋本真也&新日本プロレスの永田裕志組と対戦。

 三沢が橋本に投げ捨てジャーマンを決めてピンフォール勝ちを収めた直後、両陣営のセコンド20人以上がリングになだれ込み、カオスな状態に陥った。エプロンに上がった小川が三沢を挑発すると、三沢が走り込んでエルボーを炸裂させた。これで、いやが上にも三沢と小川の対決が期待された。

 そして武道館では、UFOの小川直也は〝平成のテロリスト〟村上一成を従え、三沢のパートナーは力皇猛。このプロレス2年目の新人・力皇が〝まさか〟の働きをする。

 試合はゴングが鳴る前から三沢と小川が激しい視殺戦。館内のボルテージは最高潮だ。

 やる気満々の小川に対し、力皇が先発。小川は三沢に出てくるよう挑発するも、三沢はその手には乗らない。そうこうしていると、村上が飛び込んできて力皇にパンチを乱打。力皇は村上をコーナーに押し込んで上手投げ。すぐさま、ぶちかましで吹っ飛ばした。顔面に村上のパンチを浴びるも、自ら両頬を張って〝もっと来い〟とばかりに挑発して突っ張りで反撃だ。

 交代した三沢は村上にエルボー3連発。タッチして小川がリングインするも、三沢がスカして力皇にスイッチし、小川のイラ立ちを誘った。

 小川は力皇にミドルキック、パンチをヒットさせ、〝必殺〟のSTOを決めた。上からマウントポジションを取ろうとしたところに、三沢がカットに出てエルボーを見舞った。

 ここで三沢がタッチしてリングイン。4分が経過して、ついに小川と向かい合った。

小川(左)のタックルを封じる三沢(同)
小川(左)のタックルを封じる三沢(同)

 三沢がミドルキックでけん制。小川は片足タックルを狙うも、三沢は体を引いて上から頭を押さえつける。そしてフロントネックロックに捕らえる。小川は大腰で投げ、すぐさまマウントを取り、三沢の顔面を狙ってパンチを1発、2発。三沢は両腕でがっちりガードする。

 すると力皇が勢いよく飛びこんで、小川にぶちかましを見舞う(写真)。小川は場外へ落とされた。力皇は追いかけ小川とやり合う。リング上の三沢は村上にスリーパーを決められるも、バックを取ってバックドロップでマットに叩きつけた。さらにもう1発。強引に3発目を決め、そのまま押さえ込んだ。6分40秒、岩石落とし固めで試合が決着した。

 場外から戻った小川が三沢に向かって行くと、ノア勢が集団で小川を引き離し、袋叩きにする。橋本もリングに上がり騒然となった。

 西永秀一レフェリーは当時を振り返り「3月(の試合)もみんな出てきて大乱闘になった。今回も何が起こるかわからないっていう気持ちを持って、レフェリングに努めた」と明かす。

 事実、この日のセミファイナルで橋本は安田忠夫と組み、本田多聞&井上雅央組と対戦。井上に三角絞めを決め、右肩を脱臼させた。井上は救急車で都内の病院へ運ばれ応急処理を受ける羽目になった。

 西永レフェリーは「カポッと外れたみたいで。『もう無理無理』って言ってるのに橋本さんが、腕持ってこう、反って。さらに技をかけようとするから雅央は『うわー、もうやめてくれ。やめろー』って言ってた。三沢さん的には、何かあったときに最良のパートナーとして力皇を選んだ」と明かす。

 さて、小川はマイクで「おーい三沢。数さえ揃えりゃ勝つと思ってんじゃねぇぞ、この野郎。てめぇら今度まとめて勝負してやる」と言い放つとマイクを放り投げ、引き揚げた。

 囲み会見で「人数で負けた。久しぶりだ、袋叩きを食らったのは」と語っている時、三沢は「もうちょっとやってみたかったね、というのがすべてじゃねぇの」と予想外のコメントをしていた。試合時間は短かったが、当初抱いていた小川観がガラリと変わるほど、密度が濃かったようだ。「力はあるよね。全体的な」と語った。

 ところで、橋本は試合後、引き揚げる三沢に「三沢、お前の男気受け取ったぜ。ありがとよ。だけどな、何回でもお前たちに頭下げてもいいから。戦え、三沢~!」と絶叫。控室で小川に「2人でノアに乗り込むぞ」と語りかけたが、交流戦はこの大会が最後となった。

 三沢が橋本の背後に〝アントニオ猪木の影〟を感じたことが、途絶えた要因だったと言われる。三沢は〝猪木アレルギー〟を公言していた。西永レフェリーは「(交流戦の)交渉役は(仲田)龍さんですから(※猪木嫌いとして知られた)」と口ごもる。

 しかし、今思い返しても三沢が参戦したZERO-ONE2連戦は、ファンは言うに及ばずマスコミをも熱くさせる〝スリリング〟なものだった(敬称略)。 【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る