【プロレス蔵出し写真館】内藤哲也の新日本プロレス退団には驚かされた。近年はLIJ(ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン)の中心選手として団体をけん引。今年2月からは契約を更改せず、フリー参戦を続けていた。最後の出場は5月4日の福岡大会。その後の動向が注目されるところだ。

 さて、トップ選手の退団劇で思い出すのは、今から24年前の2000年(平成12年)6月の三沢光晴の全日本プロレス退団騒動だ。

 東スポは12日発行の1面で「全日激震 三沢社長辞任 退団へ!!」「引退か新団体か 一両日中に結論」と報じた。三沢は1999年1月31日にジャイアント馬場が死去すると、5月に新社長に就任した。しかし、馬場元子夫人との間に確執が生まれ、亀裂は埋まらずついに退団を決意するに至った。

 もっとも、親しい関係者やマスコミ数人には辞めることを伝えており、東スポも報じるタイミングを見計らっていた。

 6月16日に会見を行い、新団体の設立を発表。会見には川田利明、渕正信を除く総勢26人が出席。翌7月、団体名が「プロレスリング・ノア」と発表された。

 全日を退団したものの、売り興行に出場する契約があったため、その興行主への配慮から、三沢らノア勢は7月の全日4大会(13日=愛媛・松山、15日=石川・七尾、17日=富山、20日=博多)に出場することとなった。

 三沢らが抜けた新生・全日がスタートして、7月4日の沼津大会で痛烈に三沢を批判したのは〝殺人医師〟スティーブ・ウィリアムスだった。控室どころか、通路にまで響く声で「三沢は多くの選手、スタッフを連れて全日本を出て行った。オレは怒っている。三沢を制裁したい。三沢はバッドビジネスマンだ」とまくし立て、三沢が出場する4試合のうち1会場での直接対決を訴えた。

 全日に参戦したノア勢のカードは同門対戦のみ。初戦の13日、アイテムえひめ大会で三沢は小川良成&井上雅央と組み、高山善廣&大森隆男&森嶋猛組と対戦した。ウィリアムスは試合開始直前にやって来て最前列で見つめる。本当に三沢を襲うのか? 気の抜けない取材が続くこととなる。この日のウィリアムスは試合が終了すると、足早に控室に引き揚げた。

〝襲撃予告〟していたウィリアムス(右奥)と三沢の接近に緊張が走った(2000年7月、松山・アイテムえひめ)
〝襲撃予告〟していたウィリアムス(右奥)と三沢の接近に緊張が走った(2000年7月、松山・アイテムえひめ)

「今日、襲わなかったのはなぜかって? 理由なんてない。だが、三沢はあと3試合出場する。それが答えだ」。そうウィリアムスは事実上の〝テロ実行〟を示唆した。しかし、15日の七尾大会でも、ただ見つめるだけ。

 17日の富山大会の試合前「こちらから仕掛けるつもりはないが、万が一手を出してくれば、タダじゃすまない。だいたいスティーブは何をしたいかもわからない。見ているだけならいいけど、若い奴に手を出したり、試合を壊すようなことがあれば、黙ってはいない。(一撃を)食らわすよ」。三沢はそう断言した。

 そして、三沢が参戦する最終日、20日の博多大会でついにウィリアムスが動いた。三沢の試合終了後、サッとエプロンに駆け上がった。身構える三沢。ノアの若手数人がとっさにリングに飛び込んだ。リング上は騒然となった。

 ウィリアムスがマイクを取って何かアピールして三沢に近づく。やおら右手を差し出した。

 握手を求めたのだった。ウィリアムスは笑顔交じりで「ガンバッテ!」とエールを送り、リングを降りた。三沢は拍子抜けした表情で、ウィリアムスの背中を見つめていた(写真)。

 ウィリアムスは「三沢には『引退する前にもう一度戦おう。新しい会社でも頑張れ』と伝えた。考えた結果、(テロ行為は)全日らしくない行為だと思ったからやめた。今後はお互いに頑張ればいいし、オールジャパンはオレたちの手でナンバーワンにする」と握手の真意を語った。

 三沢は後に「スーッと手を差し出してきたから、これは握手なんだなと察知。お疲れさんということで握手をした」と明かしている。マスコミは〝まさかのオチ〟にぼうぜんだった。

 ウィリアムスは後に、ノア参戦を水面下で打診したようだが、仲田龍取締役渉外部長が首をタテに振らなかった。

 ところで、この時の全日参戦時、三沢がもっとも〝心を痛めた〟のは松山大会の試合後のことだったと明かしている。退場する際、三沢に観客から「裏切り者!」と罵声が飛んだ。

「正直言って、そいつを捕まえてぶん殴ってやろうかと思った。今まで命がけで全日マットで戦ってきた俺はなんだったんだ。全日で育ててもらった恩は、十分返したんじゃないかなと思う」。三沢はそう告白している。

 この全日参戦をクリアした三沢は8月5日と6日、ディファ有明で行われる旗揚げ戦に臨むこととなる。前売りチケットが20分ほどで完売するという、かつてのUWF以来の現象も発生。全日を退団して船出した〝三沢ノア〟に対するファンの期待値は思った以上に高かった(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る