【デスマッチ女王 工藤めぐみ伝説 邪道姫40年目の激白(8)】全日本女子プロレスを辞めて目標を失っていましたが、保育士助手として子供たちと触れ合ううちに気持ちに余裕が生まれて「プロレスを見たい」と思うようになりました。約2年間、見ていなかったので「今のプロレスってどうなっているんだろう」と。知り合いの方と電話している際に「今は男女混合の団体がある」と教えていただき、興味が湧いてきました。
その団体とは「FMW(フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング)」です。直近に大会があり、日本初の男女混合団体を観戦に行きました。感想は…女子はあくまで男子のオマケ。試合中にお客さんから失笑が漏れたり、選手をちゃかす声援があったりと想像とは違っていて、何だか悲しくなりました。逆に男子は大仁田(厚)さんが栗栖(正伸)さんとデスマッチを戦っていて、非常に新鮮。余計にギャップがありました。
その話を全女で同期だった(コンバット)豊田と天田(麗文)に話すと「一緒に見に行こう」となり、1990年3月10日のFMW後楽園ホール大会を訪れました。そこで隣に座っていた麗文が女子の試合(里美和VS森松由紀)に乱入したのです。麗文からすると「やきもきする試合だろうな」と思っていて、彼女の性格からしたら何となくそうなるだろうとは感じていました。
それで、私もつられてリングに上がり乱入…。リングはぐちゃぐちゃ。大仁田さんが「そんなに言うなら、お前らのプロレスを見せてみろ」となって次戦の3月13日、新潟市体育館大会で復帰することになりました。私はたまたま、次の保育園へ移る連絡を待っている時でした。当時は「復帰」というよりも「またプロレスを続けられるんだ」の気持ちでいっぱい。リングに上がれることだけでうれしかったです。
準備期間がなかったので、全女を辞める前まで着ていたコスチュームを持って新潟に行きました。「新しいコスチュームで再デビュー」なんて気持ちは全くなく、流れの速さに自分でも驚いていました。とはいえ、休んでいた2年間は全く練習をしていない。「受け身を取れるか」「試合についていけるか」と心配でしたが…リングに上がると自分のペースで試合ができました。相手のレベルが低かったからです。
私もまだまだでしたが、当時のFMW女子は「全女だったらデビューできないレベル」と思ったほど。受け身が取れていない場面があって動きもぎこちない。それに私は外様の扱いでした。FMWの女子選手とは完全に別行動で控室も違う。だから「FMW女子を良くしよう」なんて気持ちはありません。全女を辞めた時に後悔がたくさんあったので、それを取り戻そうと、試合のことだけを考えていました。













