【デスマッチ女王 工藤めぐみ伝説 邪道姫40年目の激白(11)】FMWに入ったころ、大仁田さんは「お前がもっともっと頑張って上に来て、2本柱としてやっていくのが理想」とおっしゃっていました。私自身はまだまだで「そうなればいいな」とは思っていました。

工藤(左から3人目)らFMW女子も大所帯に(92年6月)
工藤(左から3人目)らFMW女子も大所帯に(92年6月)

 FMWでは会場に入ってからやらなくてはいけないことが細かく決められていました。サインするマジックの色まで決まっています。会社から「絶対に黒マジックでサインしてはいけない」と言われ、ピンクのペンでサインを書いていました。グッズ売店のためのチームもあり、私がいないと「売店に出てください」と呼びに来られました。

 グラビアの仕事にも取り組みました。写真が苦手で当時、撮影についてきてくれた男性スタッフが、私のガチガチぶりを見て「今度から女性スタッフにしましょう」と言ってくださったほど。「プロレスができればいい」としか考えてなくて私も豊田もお金のことにはアバウトでした。写真集を出した際も、普通なら売り上げの何%という契約ですが「売れても売れなくてもこれで」と固定額を提示されました。後に「その契約はもったいなかったね。写真集はそういう契約をしませんよ」と言われましたが、当時はそういうものだと納得していました。

 写真集の衣装合わせでは露出の少ないものばかりを選んでいました。「もうちょっと冒険しないと」など言われましたが「はい」とは言えなくて。自分好みなものを選んでいました。でも実際に撮影現場に行ってみると、思ったより露出が多かったこともありました。ほぼ全裸での撮影ではカメラマンさんからは見えなくても、アシスタントの方からは丸見え。写真をチェックさせてもらうと、確かに見えてはいませんが、自分の中ではすごく抵抗がありましたね。でも、チームで一つの作品を作る一体感は大好きでした。

 当時はこんな怖い体験もありました。ある日、巡業中にカバンを盗まれたのです。試合用とプライベート用のバッグを2つ持っていましたが、試合を終えてバスに戻ると私生活用カバンがなくなっていました。巡業に出るたびに何回も起こるようになりました。警察に被害届を出したものの、結局見つかりません。

 それから何年もたったプロレスを引退した後のこと。ある日ポストを確認すると、盗まれたバッグに入れていた下着が入っていました。盗まれたのは何年も前のこと。自宅も引っ越していました。もうゾッとして鳥肌が立ち、家を出られなくなりました。誰かがこの光景をどこかで見ているんじゃないかと思って…。

 カバンには現金や他の大切なものも入っていましたが、返ってきたのは下着だけ。すぐに引っ越しましたし、関わりたくなくて警察にも言っていません。私にとって一番怖い思い出です。

 

前の話へ連載TOPへ /次の話へ