【昭和~平成スター列伝】「ロス・トランキーロス・デ・ハポン(LTJ)」の内藤哲也とBUSHIは、1月1日日本武道館で丸藤正道、拳王組を破りGHCタッグ王座を奪取。4月12日名古屋では元GHCヘビー級王者のOZAWA、政岡純組とのV3戦が決まり、内藤とOZAWAは早くも火花を散らし合っている。

永田が本田をナガタロックⅡに捕らえ、棚橋は小橋をドラゴンスリーパーで捕獲する
永田が本田をナガタロックⅡに捕らえ、棚橋は小橋をドラゴンスリーパーで捕獲する

 なぜかGHCタッグ王座は“外敵”の脅威にさらされることが多い。中でも強烈だったのはプロレス界の王様・鈴木みのる率いる鈴木軍がノアを侵略した2015~16年で、GHC王座は全て強奪され、GHCタッグ王座はランス・アーチャー、デイビーボーイ・スミス・ジュニア組に歴代最多となる10回連続防衛の記録まで達成されてしまった。

 初めて同王座が他団体に流出したのは03年11月30日の札幌大会。新日本プロレスのミスターこと永田裕志と棚橋弘至のコンビが小橋建太、本田多聞組から王座を奪っている。

「新日本プロレスがついに箱舟の至宝を手に入れた。ノア30日の札幌大会で永田裕志、棚橋弘至組が〝地上最強の王者〟小橋建太、本田多聞組からGHCタッグ王座の奪取に成功した。新日勢として8度目(ジュニアを含む)にして初の王座奪取、自身3度目の挑戦にして、ついに結果を出した永田は『今回はとにかく勝ちにこだわった』と安どの表情を浮かべた。永田組は序盤、本田にターゲットを絞り、徹底したヒザ攻撃。だが中盤からは棚橋が小橋につかまり、ドシンと重い逆水平の集中砲火を浴びた。30分過ぎ、本田のデッドエンドを食らいながら、永田はエクスプロイダーで反撃。棚橋が原爆固めでお膳立てしてくれたチャンスを逃さなかった。本田にヒザをぶち込むと棚橋とサンドイッチ式延髄斬りで新日魂を見せつけ、必殺のバックドロップ。一度は返されたものの、ハイキックから再度バックドロップホールドを発射して歓喜の3カウントを奪った」(抜粋)

 当時、新日本は低迷期にあり、永田がIWGPヘビー級王者として団体を支え、棚橋は若手のホープとして4月にU―30無差別級王座決定リーグ戦を制してシングル初戴冠。6月にIWGPタッグ王座(パートナーは吉江豊)を奪取しており、この年だけで3つの王座を獲得する大飛躍の年となった。翌04年1月10日、日本武道館で三沢光晴、小川良成のノア最強コンビに王座を奪還されてしまうが、その後は中邑真輔との激闘で団体を業界の盟主に引き戻したことは説明するまでもない。そのキッカケになったのがGHCタッグ王座でもあった。それから23年。棚橋は社長となり、1月4日東京ドームで引退。永田は57歳にしてIWGP最年長記録を狙っているからプロレスは奥が深い。

 現在、ベルトを保持する内藤率いるLTJは今後、どんな行動に出るのか。GHCタッグ王座から新たに生まれるドラマに期待したい。 (敬称略)