【昭和~平成スター列伝】2011年3月11日に東日本大震災が発生してから15年が経過した。例年通り震災当日までは連日、津波の映像がテレビで流されていたが、翌日からは日常の風景に戻った。実は当時“悪魔仮面”ことケンドー・カシンも仙台市内の山奥で被災していた。
記者は宮城・石巻市出身で、カシンは青森・南津軽郡常盤村(現・藤崎町)出身。同じ東北人同士ということもあり、毎日電話をかけ続けたが、通じたのは地震発生から6日後のことだった。震災から約2週間後の同3月26日付本紙にはカシンのインタビューが掲載されている。
「東日本大震災で被災した“悪魔仮面”ケンドー・カシンは、仙台市内の山奥で自給自足の生活を続けている。被災地の現状を嘆きつつ、青森出身のカシンは、力強く東北の復興を訴えた。
――今はどんな生活を
カシン 仙台山奥の秘密基地で自給自足の生活だ。先日、スーパーをのぞいたら、食料が完全に不足していた。米やカップ麺は市場から消えているが、野菜や冷凍の魚類は出回っている。ガスはまだ開通してない。
――深刻なのは
カシン ガソリンだ。スタンド自体が開いていない。だから俺も身動きが取れない。
――実家の養鶏場は
カシン 内陸だから無事だった。それにしても海側の被害は、同じ東北人として言葉もない。
――確かに宮城県を中心に未曽有の非常事態です。銀行やスーパーが襲われ、ガソリン泥棒、窃盗など犯罪も起きてます
カシン 悲しい。そんな連中は許せんが、悪事に走るのはごく一部の人間と信じたい。東北人は本来善良だ。しかし今は『頑張ろう』と言われても、頑張れないのが現状だろう。それでも何十年かかろうと復興してほしい。俺も復興に余生をささげるしかない。東北はある意味、風土自体が日本人の心のよりどころなんだ。
――これからは
カシン 24日に東北自動車道の規制が解除になった。何とかガソリンを補充して青森に戻り実家の様子を見に行こうと思う。」(抜粋)
ところが…「兄嫁に電話したら『息子が大学受験で東京に行くので犬(カシンの愛犬・故シャギー君)を連れてこられると、家を出たがらなくなるので帰ってこなくていい』と断られた。あんまりだ…。おまけに山奥の井戸も壊れて新しいポンプにしたら90万円かかった。あの時は本当につらかったな」と振り返る。
現在は青森の県立高校と慶応大学湘南藤沢キャンパスで非常勤講師を務めているが「津波の映像も賛否両論あるが、もう震災を知らない子供たちもいる。常にそういう危険があることを覚えるためにはいいんじゃないか。とにかく震災時は水とラジオとガソリン満タンの車が必要だ。俺は忙しいけどまたお会いしましょう」と史上初めて一方的に電話を切られずに取材は終わり、記者は感涙にむせんだ。
いずれにせよあれから15年。復興への道のりはまだまだ続く。












