【中島輝士 怪物テルシー物語(75)】今回も私のスカウト時代に印象に残っている選手を紹介させていただきます。2006年の高校生ドラフト1巡目で獲得した日本ハムの吉川光夫投手です。12年のリーグ優勝の立役者となった左腕です。

 私は当時、関西から中国、九州と広域を担当するスカウトとして活動していました。吉川は福岡県出身で広島・広陵高に進学。入学当初から期待が大きく、2年生の春から背番号1をつけて将来を嘱望されていました。

 ただ、制球難がプロスカウトたちからの評価で、私もそうした事実を把握していました。人というのは、いわゆる“みんなが”そう言っているからという情報に左右されがちです。他球団のスカウトが「ボールは速いけどコントロールが悪いから」とこぞって口にするほど、私としてはしめしめと思っていました。

 他球団の評価がそう高くはないことを知りつつ、私の中では吉川に関して自信を持ってドラフト1、2位候補としてチームに報告していました。

 とはいえ、06年の高校生ドラフトの目玉は北海道・駒大苫小牧高の田中将大でした。今季、日米通算200勝を達成したあの「マー君」です。夏の甲子園では「ハンカチ王子」こと早実高の斎藤佑樹と決勝で投げ合った甲子園のスターです。

 日本ハムとしては、関西出身ではありますが、地元の北海道の高校生ナンバーワン右腕の1巡目指名で全会一致。田中将本人も北海道の日本ハムは意中の球団でしたし、迷いなくドラフト当日は1位での指名です。

 ただ、抽選の結果、マー君は楽天に決まってしまいました。球団としては、その外れ1位として吉川を指名する形になりましたが、大成功だったと思っています。吉川は頑張ってくれました。

 1年目の07年5月17日に一軍に初昇格し、6月8日のヤクルトとの交流戦でプロ初勝利を挙げました。高卒新人ながら4勝をマークし、日本シリーズ第4戦では先発登板を果たしました。これは1953年の中村大成さん(南海)、56年の稲尾和久さん(西鉄)、66年の堀内恒夫さん(巨人)、92年の石井一久(ヤクルト)以来の快挙だったようです。

 その後、吉川は伸び悩みましたが、12年に一気に開花しました。25試合に登板して14勝5敗、防御率1・71で最優秀防御率、リーグMVPです。15年にも2度目の2桁勝利となる11勝を記録しています。

 左肩の故障などにも悩まされ、大活躍できた期間は長くはなかったですが、優勝に貢献してくれたんですからドラ1として立派な成績を残してくれたと思っています。

 日本ハム、巨人、西武と他球団でのプレーも経験し、現在はBCリーグ栃木でコーチ兼選手として現役を続けています。スカウトとして入団に関わった選手が、今でも野球界に貢献してくれているという事実は本当に励みになります。