【中島輝士 怪物テルシー物語(72)】前回に続いて私が日本ハムのスカウト、コーチとして活動していた時代の中田翔の印象についてお話ししたいと思います。時代は2007年ドラフトにさかのぼります。当時、高校生では大阪桐蔭高・中田翔、仙台育英高・佐藤由規、成田高・唐川侑己の3人が各球団の上位指名候補に挙げられていました。高校ナンバーワンスラッガーは間違いなく中田でした。ここには阪神、オリックス、ソフトバンク、日本ハムの4球団が1巡目で入札。抽選の結果、日本ハムが交渉権を得るという結果になりました。
最速150キロ超右腕の佐藤にはヤクルト、横浜、中日、巨人、楽天の5球団が1巡目指名。こちらはヤクルト古田監督(当時)が当たりクジを引き当てました。そして唐川には広島、ロッテが1巡目で競合。ロッテが交渉権を得るという結果になりました。この年は裏金問題が発覚し、西武がペナルティーで上位2選手の指名ができなかったという事件もありました。
そういった背景もあり、この年は希望枠が廃止されドラフトは入札抽選方式で行われていました。大学生、社会人では東洋大の大場翔太、愛工大の長谷部康平の両投手が人気を二分していました。大場には横浜、阪神、巨人、オリックス、ソフトバンク、日本ハムの6球団が1巡目指名。ここはソフトバンクが交渉権を引き当てました。
北京五輪アジア予選の日本代表にも選ばれた長谷部には広島、中日、西武、楽天、ロッテの5球団が入札。楽天が交渉権を得るという結果となりました。07年ドラフトは何かと話題の多いドラフトとなりました。
そんな中、日本ハムは中田を引き当てたわけです。高校野球のスーパースターをどう育成するか。プロの大人に交じっても目を見張るスイングに驚きました。私としては通算307本塁打、1083打点というのは立派な数字ですが、翔ならまだまだやれたと思っています。
翔なら倍の600本塁打を打ってもおかしくない存在だと信じて疑いませんでした。高校野球のスーパースターといえばPL学園・清原和博(NPB通算525本塁打)、星稜・松井秀喜(日米通算507本塁打)らの存在がありますが、その2人の数字を上回ってほしいと翔には期待を寄せていました。
あくまで私個人の意見ではありますが、翔がSNSなどで自身の生活の一部を公開することを良くは思っていませんでした。スーパースターなんですから、そんなことをしなくていいのになという感情もありました。
流されやすい性格というのか、もっとどっしり構えて堂々とやってくれたらいいのになと、期待するが故にモヤモヤした気持ちが私にはありました。21年には同僚への暴力行為が発覚するなど、らしくない行動もありました。
それをきっかけに巨人への移籍とつながっていくわけですが、本来はいい人間性を持っているんですから、反省をした上で引退後の人生を豊かにしていってもらいたいですね。












