【中島輝士 怪物テルシー物語(70)】初めは気持ちが乗らなかったスカウト業。しかし、仕事を重ねれば重ねるほど面白さを感じていきました。プリンスホテル時代に長く社会人野球を経験したおかげもありまして、アマ球界には知らない間に膨大なコネクションがありました。

 それでも、大学なり社会人チームの指導者を知っているからといって「〇〇選手をよこせよ」なんて態度ではスカウトとして以前に、人間として失格です。私の場合は、スカウトの後に大学での監督経験もありますから、今度はプロに選手を送り出すことはなくとも、選手の就職先として企業の野球部に選手を採用してもらうという立場も知りました。

 スカウトとして本当に驚かされた選手は、日本ハムで現在も現役として活躍している宮西尚生ですね。変則的なフォームで左腕からクセのある投球を駆使しプロ野球を代表するリリーバーとして存在感を示しています。スカウトとして彼を見ていて、あそこまでの選手に成長するとは正直、思ってはいませんでした。

 尼崎市立尼崎高では1年先輩に同じ左腕の金刃憲人(後に巨人入団)がいて注目されてはいましたが、甲子園には縁がありませんでした。大学は地元の関西学院大へ進学し1年先輩に清水誉(後に阪神)、同期には荻野貴司(後にロッテ)らが在籍する中で活躍していました。

 関西学生野球リーグ戦では1年の秋季からベンチ入り。2年の春季のリーグ戦では先発、リリーフで併用され48回1/3連続無失点のリーグ記録を達成しています。在学中には通算46試合で19勝13敗、防御率1.58、291奪三振という成績を残しています。

 大学3年からフォームを崩し成績を落としましたが、第16回IBAFインターコンチネンタルカップや北京プレオリンピック野球日本代表など、日本代表に4度選出。地元の阪神からも指名候補に名前が挙がっていましたが2007年の大学生・社会人ドラフトでは日本ハムから3巡目指名され入団してくれました。

 プロでは対左打者で活躍してくれればと思ってはいましたが、とんでもなかったですね。24年8月4日のソフトバンク戦でプロ野球史上初の400ホールドを達成。さらに今季、25年9月23日、楽天戦では史上4人目の900試合登板も記録しています。

 08年から21年にかけての14年連続50試合以上登板はプロ野球歴代2位でパ・リーグ記録、球団記録です。900試合連続救援登板はプロ野球最長記録。今季終了時点で通算424ホールド、通算462ホールドポイントという数字は世界記録だそうです。

 彼の活躍を堂々と予想できていましたという人物がいたとすれば、それは本当に先見の明があると言えるでしょう。今年で40歳になった変則左腕のプロ野球人生は今後も続くことになります。日本ハムOBとして、担当スカウトとして今後も見守り続けたいなと思います。