【中島輝士 怪物テルシー物語(71)】前回のこのコーナーでは、日本ハムで現在も現役を続けている宮西尚生投手の話をさせてもらいました。この宮西が2007年の大学・社会人ドラフト3巡目なら、同じ年の高校生ドラフト1巡目は中田翔でした。はい、あの中田翔です。ドラフトでは宮西と同期になるんですが、年齢は4つ下ということになります。25年限りで引退となってしまったのは残念でなりません。本来は年上の宮西がまだ現役で頑張ってるんですから、翔にももっと現役を続けてほしいところですが、こればかりは仕方がないですね。
正直言いまして、私がスカウトとしてこの目で見た素材としては中田翔が一番すごかったと断言できます。後に横浜やソフトバンクで活躍した名球会の内川聖一も素晴らしい素材でしたが、高校時点のポテンシャルでいえば問題にならない。翔に関してはスイング一つでお金が取れる選手だと、すぐに分かりました。
大阪桐蔭高時代には通算87本塁打、甲子園でも歴代7位の4本塁打で話題の中心でした。07年10月3日のドラフトでは仙台育英高・佐藤由規、成田高・唐川侑己と高校ビッグ3と呼ばれてましたね。日本ハム、阪神、オリックス、ソフトバンクの4球団から1位指名を受け、抽選の結果、日本ハムにご縁がありました。
契約金1億円、出来高払い5000万円、年俸1500万円というのは高卒新人としてはダルビッシュ有に並ぶ球団最高額ということでした。背番号は私も現役時代に一緒にプレーした日本ハムのスター・田中幸雄が同年オフに現役引退したこともあり「6」を受け継ぎました。
私はスカウトとして中田翔と接していましたが、07年オフに日本ハムの一軍打撃コーチに就任することが決まり、08年キャンプからは担当コーチということになりました。2月になりキャンプ地の沖縄・名護で合流します。はい、スイングを見ます。そしたらとんでもない。みんなプロの選手が高校生のスイングに驚きを隠せていませんでしたね。こいつは末恐ろしいぞ。私は正直、そう思いました。
1年目は6月に左手首を骨折したことや、育成方針などもあり一度も一軍に昇格することはありませんでした。2年目の09年はイースタン・リーグのそれまでのシーズン本塁打記録であった27本(巨人・大森剛、西武・コーリー・ポール)を超える30本塁打を記録。
09年シーズンをもって私が日本ハムを退団してしまったので、その後は遠くから見守ることになりましたが中田翔のその後の活躍は素晴らしいものでした。4度のパ・リーグ打点王にWBC日本代表など、一時代を築いたスターに成長してくれました。
それでも、私からすれば物足りません。これまでのプロ野球の記録を塗り替えるような活躍を翔ならば、可能だったんじゃないか。そういった期待を私自身がしていただけに、まだ36歳の若さで引退というのは残念でなりません。
次回も少し、中田翔のお話を続けさせてもらいたいと思います。












