【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(4)】1970年代後半、横浜・岡村中は校内暴力で荒れている時代だった。スカートはもちろん長くてカーリーヘアがはやっていた。でも学校で番長になってやるなんて思いはまったくなかった。
いわゆる不良グループとも気が向いたらつるむけど、どっぷりは漬からない。もともとが群れることが嫌い。集団に入るより、一人でいる方がいいんだ。でも、隣の学校で「生意気だ」なんだってなって、ちょっと「行こうよ」となったら行く。「この学校を守ってやる」っていう責任感は全然ないんだけど。自分の判断で、気の向くままに行くという感じで全部動いていた。
ケンカは強かったよ。女の子って、ケンカすると髪の毛つかんでギャーギャーなるもんじゃん。でも、自分は違ったんだよ。なぜかあのころから気が付くとマウント(ポジション)が取れていた。防衛本能なのかなんなのか、本当に不思議なんだよ。まだ柔道もやってもないのに。とにかく相手に馬乗りになって「お前、分かってんのか!」って怖がらせて、相手を服従させないといけない。そういう体勢が自然とできていた。
タイマン(1対1)になると、パパンパンって押してうまく懐に入り込んで相手を倒し、マウントを取る。髪の毛も洋服もつかまない。それで一発ぐらいバンって殴るんだ。相手はひるむじゃん。その瞬間に「分かってんのか!」って言えば、だいたい「ごめんなさい」ってなるよね。分かんなきゃまた殴ればいい話だからさ。
普通中学生で「マウントを取る」とか考えないんだけどね。やはり力があったのと、テレビで父親が見るプロレスとかボクシング中継をよく見ていたから。「こうしたら、こうだよね」と頭で分かっていたんだよ。
そんなこんなで「岡中(おかちゅう)の神取」って周囲は言っていたよね。「神取兄妹(きょうだい)やばいよね」とウワサが流れていたと聞いたけど、関係ないね。先生にも怒られていたような気はするけど、気にしないから。テストでは最低限の点は取っていたかな。赤点とかになるとめんどくさいからさ。そのあたりは結構緻密なんだよ。
中学校では陸上もやっていたんだ。短距離だったのだけど、トラック競技はひたすら走らないといけないけど、フィールド競技なら走る必要はないし、投げる競技だとフォームによって距離が変わる。「いいなあ」っていつも見ていたんだけど、ある時、練習で砲丸を投げてみたら、すごい飛んだの。そこから砲丸投げに種目を変えた。
もともとの力もあるし、フォームも工夫したからね。県の大会でも優勝した。柔道との出合いは中学の終わりのころ。結構遅いんだよ。












