【女子プロレス最強レスラーの告白 神取忍 お前の心を折ってやる(2)】幼稚園に通っていた1960年代後半だと思う。兄貴が父親に怒られ、麻袋に入れられて、どこかに捨てられる姿におびえていたら、ついに自分の番が来た。理由は確かウソをついたんだ。父親が大事にしていた陶器か何かを壊してしまったんだけど、怖いからそのままにしてしまった。
ある日、気が付いた父親が「誰だ!」と言うと兄貴は「知らない」。私は思わず「割れてた!」って言ってしまった。最終的に問い詰められてバレてしまってね。「なんでウソをつくんだ! こんな人間はろくな大人にならないから捨ててやる!」と。「嫌だ、嫌だ~」と泣いても父親に麻袋に入れられて車に乗せられた。その時、母親にそっと小銭を手渡された。昭和の母親は父親に逆らえないんだよ。三歩下がっているというのかな。
結局、連れていかれたのが山下公園。「もう帰ってくるなよ!」って麻袋のまま芝生の上に置かれるんだ。「嫌だよ~、嫌だよ~」ってそりゃ泣くよね。しばらくモソモソ動いて麻袋から出てみた。独りぼっちでつらいんだ。船の汽笛が「ボ~!」って鳴っているし。横浜ってさ、「赤い靴履いてた女の子は異人さんに連れていかれちゃう」ってみんな思ってるんだよ。だから大人に話しかけられても「知らない! 知らない!」「異人さん怖いよ~」ってさ。
次第に落ち着いてきて慣れている場所だと分かった。バス停があったんだ。そう、謎が解けた。どうやって捨てられた兄がいつも一人で帰ってこられたのか。母親は小銭を渡す時「これでバスに乗って帰ってくるんだよ」って。幼稚園児ながら「このバスに乗れば家の近くに戻ってこられる」と分かる路線が山下公園の近くにあった。「ああ、お兄ちゃんこうやってたのか」と納得。母親がくれた小銭を使って家に帰り「ごめんなさい、ごめんなさい!」って謝って温かく迎えられた。
その辺からだよ。笑っちゃうけど「自分のことは、自分でどうにかする」というのが幼心に植え付けられたのは。あとは曲がったことをしたらこうなると…。イチかバチかのやり方だけどね。
小学生になっても、無口なのは変わらなかった。七五三の時に母親に着物を着付けられ、伸ばした髪の毛を結われたんだけど、くしでとかれると痛いから嫌で。近所の美容院に行って「切ってください」。「いいの?」「いいの」とだけ言った。ばっさり切られて、母親にめちゃくちゃ怒られた。あのやりとりを思い出しても人と会話する能力がなかったんだ。
兄貴とは遊んでいたけど、お人形さんは目が怖くて遊ばなかった。一人でいることも多かったかもしれない。無口な子供だったけど、小学校低学年で転校を機に少しずつ変わっていった。












