【中島輝士 怪物テルシー物語(16)】高校3年の野球部での生活を終え引退となった後、正直なところ肩の荷が下りたというような感情がありました。期待されながら甲子園では結果を残すことができず不完全燃焼。そんな苦労もこれからの人生ではプラスになるのではないか。そんなふうにプラス思考を持ちながら、残りの高校生活を過ごしていました。
高校時代は親元から離れてもまれてこいということで、基本的に野球部の寮で生活をしてきました。ただ、実は実家から学校までの移動は1時間かからないくらいで、通学することも可能でした。ということで野球部を引退後は自宅から学校に通学する日々となりました。トレーニングは継続していました。それでもなんというか、高校生なのですが、なんだか充電期間を与えてもらったような時間を過ごしたという記憶があります。
卒業後の進路に関して野球部の福田精一監督は「絶対にプロに行け」と言ってくれていました。ただ、母にはプロ入りに関して不安がありました。高校2年の秋に父を亡くしていることもあり、安定した道に進んでほしいという考えを持っていました。
大学という選択肢もありました。ただ、こちらも特待生で授業料免除で入学できたとしても、普段の生活費自体はかかりますからね。何らかの出費があり、母に負担をかけてしまうことには変わりません。そういう事情もあって早い段階でプリンスホテル野球部を進路に決めていました。
それでも、プロ野球8球団が獲得に興味を示してくれていることも知っていました。それぞれの担当スカウトの方々が自宅にまで来てくださいました。その中でもジャイアンツが一番、熱心に誘ってくれました。巨人・伊藤菊雄スカウトと、スカウトになって間もなかった頃の山下哲治さんが実家まで来てくれました。
この2人はそろって近大OBで師弟関係にあります。両人ともに違う時代で互いに巨人のスカウト部長を務めた腕利きのスカウトでした。伊藤さんは大学進学を希望していたPL学園・桑田真澄投手を強行指名し、入団にこぎ着けた名物スカウト。山下さんは二岡、坂本、長野、岡本和真らの入団に尽力した実績がある猛者です。実は私がプロ野球を引退後、スカウトとして活動していた頃、山下さんから「中島の実家にあいさつに行ったのは俺だよ」と教えてくださったんです。
すでにプリンスホテルへの入社を決めてはいました。でも、ドラフト当日には何かを期待している自分もいました。もしかしたら強行指名があるのでは…。なんか人間味あるでしょ? 自分でプロには行かないと言っておいてね、指名してくれるのではないかと期待してるわけですよ。そういう心の葛藤がありましたね。
実際にはひそかに意中に思っていた球団からの指名がないと確信した時点で、気持ちがすっきりと切り替わりました。社会人でやってやろう。そういう気持ちで柳川高校から巣立っていきました。












