【中島輝士 怪物テルシー物語(11)】高校時代の話をしていると、40年以上も前の出来事なのにいろんなことを思い出します。当時の柳川の監督・福田精一さんはアイデアマンでいろいろな練習をやらせてくれました。
柳川高校のある場所から5、6キロの場所に有明海があるんですね。有明海といえば多くの方々がご存じの通り干潟があるわけです。われわれは「ガタ」と呼んでいます。そのガタまで走っていってですね、スライディングパンツ1枚になってトレーニングです。
ムツゴロウがいて、それを釣ってるおじさんたちも近くにいたと思います。ムツゴロウと一緒にトレーニングですよ。そんな場所で仲間を背負って歩くとか、みんなもう泥んこですよ。「ガタトレーニング」ですね。まあ、近くに川があるんで、そこでキレイに泥を流してね。雨が降ってグラウンドが使えない時なんかはそんなことをしていましたね。
また、学校から15キロくらいの場所に清水寺という寺院があるんですね。そこに行っては「宝探し」をするわけなんです。敷地内のどこかにお宝が隠してあるんですがね。福田監督がどこかにスイカだったり、飲み物だったりね、いろいろなものを隠してくれている。15キロも離れた場所に走って往復するだけの練習ならつまらないですけど、厳しい中にも楽しむ要素を入れてくれていたんでしょう。
これも柳川高校野球部の名物なんですが「魔の三角」という練習メニューもありました。きつい練習の最後の最後ですよ。夏場になるとホームからライトポール、ライトポールからレフトポール、レフトポールからホームの三角を使ってダッシュですよ。今の時代であればやり過ぎでしょうね。全部までは書けないですが厳しい練習でした。でも、そこまでやらないと強くならないのかなと。これだけやれば勝てるんだと思えるような厳しい練習でした。
水もガバガバ飲めない時代です。隠れて飲んでいたような時代だね。今考えてみたらすごいことをやっていたなと。でも、僕らの先輩もそういうことをやってきているんでね。今では考えられないし、昔の暑さと今の暑さはずいぶん違うと思うし、熱中症の問題もあると思うので比べられないですけどね。
私が大学野球の指導者として活動している時には熱中症対策をしっかりやってくださいと、学校側から言われていましたから。今は指導者の方から、しっかり注意しておかないといけない時代になりました。
高校時代の話に戻りますが、厳しい全体練習が終わってからがまた、個人的な技術の練習などに移ります。個人ノックであったり、私なら投手ですから投げ込みも毎日150球は投げないといけない。
まだまだ、柳川高校野球部特有の練習が存在しますから、次回も続いて紹介させていただきたいと思います。当時のことを思い出しながら、部員の顔を思い出しながら書かせていただきます。












