巨人終身名誉監督・長嶋茂雄さん(享年89)の現役最後の場面に立ち会っていたのが、中日OBで元バッテリーコーチの金山仙吉氏(73)だ。長嶋さんの引退試合となった1974年10月14日の巨人―中日戦(後楽園)のダブルヘッダー第2試合でマスクをかぶった。

 2日前の同年10月12日にドラゴンズの20年ぶり2度目のVが決まり、名古屋の街は大騒ぎ。星野仙一、高木守道ら主力選手はこの日、東京には行かず、名古屋で行われた優勝パレードに参加。長嶋茂雄さんのラストゲームには出場しなかった。

「ミスターの引退試合なのに何で補欠ばかりなんだ!」。試合前、後楽園球場のスタンドからは中日ベンチに容赦ないヤジが浴びせられた。

「せっかく優勝したし、正直、自分も名古屋の優勝パレードに参加したかった」。試合前はそう思っていた金山氏だったが、ミスター・ジャイアンツの最後の姿を目に焼き付けようと押し寄せた満員のスタジアムの熱気や興奮がマスク越しにも伝わってきた。長嶋さんの現役最後の打席は遊ゴロ併殺打に終わったものの、内心で同氏は「長嶋さん打ってください!」と真剣に願っていたという。

「試合後のセレモニーでは日野皓正さんが、トランペットを吹いて球場はすごい盛り上がり。中日の選手もみんなベンチで整列していたけど『わが巨人軍は永久に不滅です!』という最後のあいさつには鳥肌が立った。長嶋さんは憧れの人。偉大な選手の引退式に立ち合えてパレードよりも、こっちに来て良かったと思った」

 ミスターの引退試合に出場したことは、自身のプロ野球人生の中でも大きな誇りとなっている。

 星野監督の第2次監督時代には、監督付き広報として指揮官を支えた金山氏には宝物がある。「長嶋茂雄」「星野仙一」。長嶋さんがメークドラマを達成して胴上げされた1996年10月6日、ナゴヤ球場最後の試合の大入り袋にミスターと闘将にサインを書いてもらった。また、札幌ドームのこけら落としゲーム(2001年6月26日・巨人―中日戦)では、長嶋さんがかぶっていた巨人軍の帽子を直接本人からもらっている。

「長嶋さんにはかわいがってもらった。天真爛漫で太陽のような人。巨人は嫌いでも、長嶋さんは好きだという人は名古屋にもいっぱいいた。本当に記憶に残るすごい人。ありがとうございましたと言いたいです」

 ミスター・ジャイアンツに金山氏は今も感謝の気持ちでいっぱいだ。