【今村猛 鉄仮面の内側(15)】2016、17年シーズンでカープは連覇を達成し、翌18年には3連覇という輝かしい結果を残すことができました。3連覇に貢献したと評価していただくこともあるんですが、僕の18年は順風満帆というわけにはいきませんでした。

 17年オフには連覇に貢献したとの評価で、契約更改では大幅アップの査定をしていただきました。億の大台には届きませんでしたがありがたい数字でした。
 20代半ばの若者が大金を手にするわけですが、僕は年俸が上がったからといって何も変化はありませんでした。

 両親に特別なプレゼントをしたわけでもなく、自分自身に何かご褒美を買うということもありませんでした。変わることはなかったです。

 ただ、一方で体が悲鳴を上げていたんでしょうね。肩も腰も…そうですね。18年以降はアスリートとしてはしんどいシーズンが続きましたね。
 18年は43試合に登板し3勝1セーブ、13ホールド、防御率は5・17と数字を大きく落としました。19年は27試合で3勝1セーブ、4ホールドで防御率3・55という数字です。

 そして20年は6試合のみの登板で勝敗なしの1ホールド。一軍定着後では最低の成績に終わりました。

 引退することになる21年は二軍ではそこそこ投げていた方でした。36試合で2勝1敗、防御率は2・78。自分ではそんなに悪くもないかな、もう一花咲かせられるかなというくらいに思っていました。
 一軍にも呼ばれるかなというのを自分の中で描いてはいたんですが…。開幕から一度も一軍登録されることなく、そのまま終わってしまいました。

 もうちょっとやりたかったなという気持ちは実は、もうなかったかもしれないですね。年齢的にはやれたかもしれなかったですが、そこまで無理したくないなという思いもありました。

 ぜいたくな悩みといえばそうなんですが、次の人生を考えたときにプロ野球の世界ですべてを出しつくしてしまうと、その後でもう何もできなくなってしまうんじゃないかと思うと怖くて。

 燃えつき症候群というわけでもないんです。ちょっと心残りかな。腹八分くらいの方がいいんじゃないかなという感覚です。NPBの世界はもういいかなという気持ちになっていました。

 まだまだ若いのにもったいないと思ってくれている方々もいるとは思います。ただ、引退の決断は正直、10月14日に球団事務所に呼ばれた時点でもう下していたと思います。僕のNPBの投手としての生活はもう終わりだとはっきり思いました。

 もともと、他球団へのトレードなど新境地でやろうという気持ちは僕の中ではあまりなかったです。環境を一から作り上げていくというイメージが自分にはありませんでした。

 お告げではないですけど、これが人生のタイミングかなと思いました。あと5年、引退が遅くなって、二軍でグジグジしているくらいなら今かなというふうに思いました。