【赤坂英一 赤ペン!!】香坂英典さん(64)は巨人の“名広報担当”としてマスコミ業界につとに知られた人物である。

 もともとは投手として1980年にドラフト外で中央大から巨人入り。実働3年、1勝0敗で84年に引退すると、92年に広報担当に就任。藤田、長嶋、原、堀内の4監督に仕えて、松井、清原、上原、阿部らスター選手の取材に対応してきた。

 思い出深いのは2004年のキャンプである。一軍が2月前半にグアムでキャンプを行ったこの年、就任直後の堀内監督は清原を宮崎の二軍メンバーに編入。おかげで朝7時の散歩から約70人の報道陣が殺到した。

 宿舎の周辺住民に迷惑が及ぶと考えた香坂さんは、即座に朝散歩のぶら下がり取材を禁止。一方、練習場の清武球場(現SOKKENスタジアム)のそばにプレハブ小屋を建て、われわれ報道陣に食事を提供している。

 香坂さんは選手たちを気遣う半面、周辺環境やマスコミ関係者への配慮も欠かさない。取材現場の雰囲気を和やかに盛り上げる手腕においても、けだし名広報だった。

 その香坂さんが巨人を退団した後、昨年10月に全府中野球倶楽部というクラブチームのコーチに就任。巨人より4年古い1930年に創部され、全日本クラブ野球選手権で優勝1度、準優勝2度を誇る名門だ。香坂さんはここで週に1度、選手を熱心に指導している。

 教えているのは投球だけではない。ダッシュ系トレーニングに始まって、ランダウンプレーやバントシフトなども細かく指導。都内から車で1時間半かけて千葉県柏市にあるJR東日本野球部球場へ行った17日は、朝9時から午後4時までみっちり練習して、香坂さんも汗びっしょりになっていた。

 試合になれば、監督に投手起用について進言。ピンチや交代の際にはマウンドにも行き、投手にゲキを飛ばしている。

「ここの選手の努力や気持ちに接していると、野球の原点はこういうことなのかと思うんだよ」と香坂さんは言う。

「彼らには仕事や本業があり、部費(1月に社会人4000円、学生3000円)を払ってここに来てる。練習ができる日が少なくて、なかなか全員がそろわないけど、大会で勝たないといけない。だから、みんながチームプレーを大切にしてる。選手同士が教え合い、励まし合い、感謝し合ってる。これが野球だと改めて思うんです」

 9月の東京都秋季大会に向けて、香坂コーチの“熱血指導”は続く。

 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。日本文藝家協会会員。最近、Yahoo!ニュース公式コメンテーターに就任。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」(講談社)など著作が電子書籍で発売中。「失われた甲子園」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他に「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。