【核心直撃】憧れのヒーローと、まさか同じユニホームで戦う日が来るとは――。巨人・田中将大投手(38)が直撃に応じ、松井秀喜新監督(52)への熱い思いを明かした。2人の縁は田中将が高校日本代表として渡米した2006年8月、旧ヤンキースタジアムでの初対面にさかのぼる。「本当にこんなことがあるんだ」と驚きをにじませた日米通算204勝右腕は、監督と選手として迎えた新たな巡り合わせへの喜びと来季への決意を赤裸々に語った。

 ――秋季キャンプ初日、松井監督が6分13秒の訓示。印象に残った言葉は

 田中将 松井さんが訓示で「若い選手も中堅の選手もベテランの選手も、レベルアップをしないといけない。今の自分で満足することなく、レベルアップ、向上していくということがチームのみんなで喜ぶためのところで必要なことだ」というようなことを言われていたので、自分自身もやはり常に向上したいと思っていますし、(来年)2月の(春季)キャンプというところにいい形で入ることができるようにとは思っています。

 ――訓示後には松井監督と対面。初めて会ったのはいつか

 田中将 実は僕が初めて会ったのは、当時松井さんがヤンキースでプレーされていた時。(駒大苫小牧高3年時の)2006年8月に高校日本代表のメンバーとして渡米した時に、昔のヤンキースタジアムで松井さんが会ってくださって。その日は(ヤンキースの)試合が中止になって、(松井さんが)ダグアウトで待ってくださっていて…。僕らの前に出てきてくれて、みんなで握手しました。

 ――ヤンキース入団後、球団のGM付特別アドバイザーも務めた松井監督との交流は

 田中将 自分が投げる時にはどうこうはないですけど、グラウンドや球場に顔を出しに来られる時だったり、キャンプ中に来られる時とかもあったので。その時にあいさつをして、お話しすることはありました。

 ――監督として古巣に戻ってきた松井監督の存在感は

 田中将 これだけ連日、球場に足を運んでくださっているファンの方々の数とか、メディアの方々の数も多い。それだけの「数」だと思いますし…。松井さんが日本球界、ジャイアンツに戻ってくるということはこれだけ大きな出来事だったわけですよね。

 ――松井監督就任でチームの注目度も上がっている

 田中将 僕がジャイアンツに加入したのは昨年ですけど、やはり(雰囲気は)全然違う。違いというものをもう今この時点で感じてはいますけど、選手もこれだけ自分たちのプレーでも注目してもらえるようにならないといけないと思いますし、たくさんの方々の目というものがある中でプレーすることが選手にとってもありがたい環境だと思う。それが松井さんだけの話題ではなくて、選手のプレーで注目してもらえるように、いい循環になればいいなと思います。

 ――松井監督の就任を初めて知った時は

 田中将 驚きました。僕にとってのヒーロー。「本当にこんなことがあるんだ」と。これから一緒に(監督と選手として)野球をするなんて、なかなか想像できませんでした。僕がジャイアンツのユニホームを着ている間に、松井さんもジャイアンツのユニホームを着て一緒にというのは。

【田中将大と松井秀喜の運命の縁】

 夢のような対面が実現したのは、20年前の夏だった。2006年8月29日(現地時間)。駒大苫小牧高3年の田中将は、日米親善高校野球大会に出場する高校野球日本選抜チームの一員としてニューヨークを訪れていた。同行したのは、夏の甲子園決勝で引き分け再試合の死闘を演じた早実の斎藤佑樹氏(現実業家)ら全国から選ばれた球児たちだった。甲子園での激闘から間もなく、かつてのライバルが今度はチームメートとして海を渡っていた。

 遠征プログラムには旧ヤンキースタジアムの見学も組み込まれていた。選抜チームの一行が球場を訪れたが、当日のヤンキース―タイガース戦は雨で中止。ところが、選手たちを待っていたのは思いがけない〝特別ゲスト〟だった。当時ヤンキースで活躍し、左手首の故障から復帰を目指していた松井氏だ。一塁側ダグアウトに姿を見せた松井氏を高校球児たちは拍手で迎え、田中も一人の選手として握手を交わした。後の巨人の監督と投手が、初めて顔を合わせた瞬間だった。

 その7年余り後、楽天で日本一を成し遂げた田中は14年にヤンキースへ移籍。当時の入団交渉では、球団が松井氏からのビデオメッセージを用意していた。新天地では当時現役だったイチロー氏(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)、黒田博樹氏(現広島球団アドバイザー)と同僚になり、かつて見学に訪れた名門球団の一員としてマウンドに立った。翌15年には松井氏がGM付特別アドバイザーに就任。同じ球団に籍を置き、球場やキャンプで言葉を交わす間柄となった。

 そして25年、田中は巨人へ。翌26年には松井氏が監督として古巣に帰還した。高校球児として握手したあの日から20年。憧れの存在と今度は監督と選手として同じ勝利を目指すことになった。かつて想像すらできなかった2人の新たな物語が今、幕を開けようとしている。