2006年7月17日の北海道・月寒グリーンドーム大会でIWGPヘビー級王者のブロック・レスナーへの挑戦が決定して、試合に先駆けて保持していたU―30のベルトを返上しました。悩んだんですよね、当時は。自分を成長させてくれたベルトではあるんだけど、IWGPを目指すのであれば今は要らないという判断でした。

ブロック・レスナー(2005年)
ブロック・レスナー(2005年)

 でも、そんな覚悟を持って北海道入りしたにもかかわらず、レスナーは契約上のトラブルでビザが取得できないとの理由で来日中止となりました。タイトルマッチ2日前の釧路大会で、それを聞いた時は一瞬魂が抜けましたね。プレッシャーもあったし、大きなフラッグにいっぱいメッセージを書いてくれたファンの方の期待を裏切るのが本当につらくて…。「プロレスの神様がいるなら、一度でいいから助けてください」とコメントするほど、ガッカリしていたんですよ。

 でも、当時釧路に住んでいた大学時代の先輩に「レスナーが来られないんです」と相談したら屈斜路湖に連れて行ってくれて、一緒に飛び込んで。見上げた星空がキレイで魂が浄化されたのを今でも覚えてますね。月寒大会では急きょ新王者決定トーナメントが行われたんですけど、目の前のことを「一生懸命やるしかないな」と、すぐに切り替えられました。

 レスナーと戦えなかったことの後悔や心残りはないです。試練だとは思ってましたけど、これは自分が成長するために必要なものなのだと考えていたので。まだ「エース」を名乗る前の出来事だったんですが、エースという存在はみんなが諦めた状況でも何とかする、道を切り開く人なんだと思っていましたね。

 月寒大会では6人によるトーナメントが行われて、シード扱いとなった俺は2回戦で永田(裕志)さん、決勝で(ジャイアント)バーナードに勝利して悲願のIWGP初戴冠を果たしました。冷静は装っていましたけど、うれしさやそこに至るまでの目まぐるしすぎる状況からか、記憶が断片的なんですよね(笑い)。

泣きながらIWGPヘビー級のベルトをかかげる新王者の棚橋弘至(2006年7月)
泣きながらIWGPヘビー級のベルトをかかげる新王者の棚橋弘至(2006年7月)

 映像で今見返しても当時の俺は余裕がないですね。ただ…いい顔はしてましたね。悲願のIWGPを取ったリング上で「今日集まってくれたファンの皆さん、愛してます」とマイクで言いました。これが後の「愛してま~す!」につながっていくんですけど、この時は「ありがとう」を伝えたい一心でした。

 王者が来ない、急きょトーナメントをやりますということで、新日本はチケット料金の払い戻し対応をしていました。でも実際に払い戻す人はそんなにいないと聞いていて、こんな状況でも来て喜んでくれる方に「ありがとう」の最上級の言葉として送ったのが「愛してます」だったんです。