【グレイシーハンターの〝真実〟 IQレスラー桜庭和志 実録 桜道(8)】実は大学時代に学生ローンで借金をしていたんですよ。まあまあ、ちょっとした額の…。自動車の運転免許を取りたくて親に言ったんだけど「自分で取れ」って言われて、その結果「学生ローン」というものを知ってしまったんです。それで、とある学生ローンに行ったら、そこの担当者が中央大学レスリング部の先輩だったんですよ。

 その人に「お前、レスリング部なんだったら普通より多く貸してやるよ」って言われたんです。そう言われたら多く借りるしかないじゃないですか。で、持って帰るじゃないですか。で、教習所に行く…前に、友達と飲みに行ったり、パチンコに行ったりして結局使っちゃって…。で、その利息を返すのにまた借りに行く繰り返しになったんです。

 その借金を1993年8月にUWFインターでデビューしてから一気に返せたんですよね。1年ちょっとくらいで。普通の会社だったらそんなにすぐは返せなかったと思います。だって普通に自分でどこかアパートを借りて、自炊してってしていたら、そんなにお金は残らないじゃないですか。だけど、Uインターは合宿所に住んで、ご飯も出てましたから。服なんか別に遊びに行くこともないからほとんどいらないし、先輩のおさがりをもらえたし。

ジェームス・ストーンに裏キーロック(95年6月)
ジェームス・ストーンに裏キーロック(95年6月)

 そして借金をちょうど返し終わったころの1995年夏に新日本プロレスとの対抗戦の話が浮上したんです。なんでそういうことになったのか、当時の僕には全く分かりませんでした。下っ端だったし、会社がどうなっているとかあんまり気にしていなかったんですよ。誰かが辞めたりしても、特に何も思わなかったというか…。だって、どこの会社も辞める人はいるじゃないですか。それと同じですよ。だから気にしてなかったんです。別に給料が止まったりとかしてなかったんで。

 そんな中、僕を含むUインターの若手が集められて、関係者から「新日本と対抗戦をすることになったから。みんな協力してほしい」って言われたんです。僕はさっき説明した通り会社の事情とかは分かっていなかったから、新日本と対抗戦ができるっていうのは、ただただ〝朗報〟だったんですよね。それで「じゃあ、長州力さんと試合できるかもしれないんですか!?」って聞いたら「そういう可能性もあるね」って言われたから「やったー!」って喜んでたんですけど、そんな気分なのは僕だけでしたね。なんだか周囲はピリピリしていて、異様な雰囲気になっていました。

 そして対抗戦は1995年の10月9日に行われることが決定。僕は金原弘光さんと組んで石澤常光さん、永田裕志さんと第1試合で対戦することになりました。 

 

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