今でも〝負けん気〟は健在のようだ。NPB歴代最多の3021試合に出場した元中日監督の谷繁元信氏(53)が18日、プレーヤー表彰で元広島の黒田博樹氏(48)とともに野球殿堂入りを果たした。

 現在の心境を問われると谷繁氏は「大変光栄に思うところと、まさか自分がという思いが僕の中を駆け巡っている。殿堂入りに際して、感謝しないといけないとすごく感じている」と吐露した。

 名捕手として27年間の現役生活を送った谷繁氏は、島根・江の川高(現石見智翠館高)から1988年にドラフト1位で大洋(のちの横浜、現DeNA)に入団。98年には横浜の38年ぶりのリーグ優勝、日本一に貢献した。2001年オフにFAで中日に移籍し、07年には53年ぶりとなる日本一の立役者となった。13年に通算2000安打を達成。14年からは選手兼監督を務め、16年は監督専任として指揮を執った。

 誰に感謝を伝えたいか――。「やっぱり両親。そして家族。僕は野球というスポーツに出会って小学校、中学、高校、そしてプロに入ってから指導していただいた監督、スタッフの方。今までの人生で携わっていただいた皆さんにしたい」と説明。

 さらに自身の〝鋼の体〟にも触れながら「プロに入って27年間、耐え抜いた体に感謝したい」とし「まだまだ微力ですけど、野球界にこれからも少しでも貢献できるよう頑張っていきたい」と野望を語った。

 通算3021試合出場など数々のプロ野球記録を打ち立てた。27年連続本塁打、捕手で2963試合出場はギネス記録にも認定。ここまで〝成功〟を収めることができた原動力は「やっぱり負けるのが、とにかく嫌いだった。勝負ごとなので全てにおいて負けたくなかった」ときっぱり。

 そんな谷繁氏らしさが会見では全開だった。3021試合出場の偉業はMLBも含めれば9位。そのため「いろんなことの積み重ねでここまでたどり着いた。でも日本のプロ野球の中では歴代1位の記録だが、世界の野球選手(歴代1位・3662試合出場=ピート・ローズ)にとっては、そんなたいした数字じゃないなと思いながら最近は過ごしてる」と持ち前の〝負けん気〟をのぞかせた。