【森脇浩司 出逢いに感謝(33)】広島・古葉竹識監督は冷静に見えて瞬間湯沸かし器。手も出る足も出る。カーッとなって瞬く間に素に戻る。試合中も後ろの壁をドンとたたいたと思ったらスッとなる。愛情あふれる監督でありながら厳しさは当然のように持ち合わせていました。

 試合前のシートノックが終わると全員がベンチ裏に集まり、そこで監督のひと言があって試合に入る。「野手は常に次の塁を狙うんだ。守りは相手に余分な塁を絶対に与えるな」。他のことは言わず、同じことを毎回言うんです。そこだけちゃんとしておくことで勝率は上がっていく。

 毎日同じことを言われると、聞く側も頭に刷り込まれ「これこそが大事なことなんだ」と思うでしょう。戦術的な細かいことはミーティングでコーチやスコアラーが伝え、古葉さんが全体に発信するのはシートノックを終えたその時間だけ。そこだけは自分の声で伝えるということでした。

 試合巧者とは、それを実践できているかどうかということ。余分な塁を与えず、相手ミスの隙をつける攻撃ができるか。当時のカープは適材適所にタレントが並んでいた。1番・高橋慶彦さん、2番・山崎隆造さんの両スイッチヒッター、3番が長内孝さんか小早川毅彦、4番・山本浩二さん、5番・衣笠祥雄さん、6番に意外性のある長嶋清幸、7番がアイルランドか、いぶし銀の木下富雄さん、8番に達川光男さん…。

 足の速い1、2番がいて、浩二さん、衣笠さんは年間通して戦い、みんなが打ちあぐねている時に長嶋が打つ。走り屋には今井譲二さんがいた。投手陣も北別府学さん、大野豊さん、川口和久さんと先発がそろい、リリーフは清川栄治、小林誠二さん、津田恒実…。投手野手ともに充実期だったですね。

「常に次の塁を狙え。余分な塁を与えるな」という古葉さんの口癖の通り、ゲーム運びもアグレッシブで俊足走者が出たらまずスチール。奇襲奇策とかではなく、自分たちが必要なことをやれば絶対負けないという練習をやってきているし、知識も持っている。それを前面に出して相手を倒す。そういう意味ではオーソドックスな野球でしたね。

 移籍1年目の1984年に優勝し、日本シリーズは阪急に4勝3敗で日本一。僕もベンチに入っていました。そんなに活躍はできていないけど、プレーオフは近鉄でも経験していたし、セ・リーグでも素晴らしい経験をさせてもらいました。

 古葉監督の存在感は言うまでもないんですが、浩二さん、衣笠さんも大きな存在でした。オーラもあるんですが、言葉を換えれば「おっさん」。当時は僕ら18歳で入って25歳くらいの先輩を見たらおっさんでしたね。遠い存在でした。角刈り、パンチパーマで白いスーツにエナメルシューズ。スーツの裏地が竜だったり…。10も15も離れたら異次元の人でした。当時はどこもそんな感じでしたもんね。