【石毛博史 火消しは任せろ(8)】松井秀喜は1992年のドラフト1位で巨人に入団。僕の4つ下で、彼は93年の7月くらいに一軍に上がってきたんです。僕もまだ寮に住んでいて車もなくて、寮生が使える車があったので毎日一緒に東京ドームまで乗せていました。彼はあまり先輩に誘われてもついて行かないタイプだったんですが、僕がいつも一緒にいて教育係みたいになっていましたね。
マイペースで“我関せず男”でね。巨人は時間もきっちりしてて、バスだって出発の30分前にはみんな乗っている。全員揃ったら早くても出発するルールなんですが、松井は5分前とかに来るんです。「おい、松井!」ってみんな言ったら「えっ? まだ5分前ですよ」って平気で言える選手でした。落合博満さんも30分前に来て乗ってるのに(笑い)。ふざけんなよーってなっても「遅刻してないですよお」って。すごい選手になると思ってました。よくバットを振っていて寮の地下の施設で夜中に打っていました。当時から大物感はありました。
後年、彼がヤンキースに行って日本でタンパベイ・デビルレイズ(2004年3月)と開幕戦をやったんですが、その前に東京ドームで阪神とのプレシーズンマッチがあったんです。当時の僕は阪神にいて、凱旋した松井が僕にあいさつに来てくれた。ロッカーにいたら「石毛さんいますか?」って。阪神の選手は「お、松井だ!」って。開幕戦で来てる松井がわざわざ訪ねて来てくれて、うれしかったですよねえ。恩義に感じてくれてるんですかね。しばらく会ってないですけど、こっちで絶対行くすし屋にまた行きたいですよ。
落合さんは…試合中、僕がピンチになったらタイムをとってくれるんです。それでマウンドに来て何も言わずにファーストミットでお尻をパーンと叩いて、何も言わずに戻っていく(笑い)。流れが悪いと思って間を取ってくれるんです。何だろう、今のは?と思うんですけど、力みすぎたところをリラックスさせてくれ、周りに視野を広げさせてくれる。いいタイミングで来てくれるんですよねえ。
プライベートでほとんど一緒にならなかったので、もっと野球の話を聞いとけばよかった。後悔は多いですよ。斎藤雅樹さん、桑田真澄さん、槙原寛己さん、原辰徳さんと同僚ですごい選手がたくさんいたんですけど…。当時感じていたのは大卒の人って先輩後輩がいろんなところにいて、すごくいいな、ということ。僕って高卒なんで横の仲間が少ないんです。大学生って横のつながりが強くて、食事に行けば5~6人の先輩とかがいる。高卒で入団したのは間違いではなくても、そんな周りの付き合いを見てるとうらやましかった。
僕は1988年のドラフト外で千葉・市銚子高校から入団。二軍の試合にも出れず、練習生としての日々を過ごしました。
☆いしげ・ひろし 1970年7月13日、千葉県銚子市出身。市銚子高から88年のドラフト外で巨人に入団。92年にリリーフ投手として頭角を現し、52試合で防御率1.32、16セーブ。93年は30セーブで最優秀救援投手を獲得。94年もリーグ最多の19セーブ(タイトルはヤクルト・高津)を挙げて優勝に貢献した。96年オフにトレードで近鉄に移籍。先発、中継ぎとして奮闘し、2001年にミラクル優勝。03年には星野阪神でも優勝を経験した。05年に引退。その後は独立リーグで指導を続け、現在は富山の社会人チーム「IMFバンディッツ」の投手コーチを務める。












