【橘高淳 審眼(42)】前回の続きを書かせていただきます。2005年9月7日の中日―阪神(ナゴヤドーム)。セ・リーグ首位は阪神で、それを3ゲーム差で中日が追うという状況で3連戦が始まりました。6日の初戦は阪神がエース・井川慶投手を先発に立てて敗戦。7日は2ゲーム差でスタートしました。この3連戦で中日が3連勝すれば、ゲーム差なしとなる「天王山」でした。
試合は序盤からロースコア。4回に阪神が金本知憲選手のソロで先制し、1―1と同点の8回は鳥谷敬選手の適時二塁打で阪神が勝ち越しました。そして9回表、阪神が二死満塁の好機をつかみ、代打・関本健太郎選手が一、二塁間を破る右前適時打を放ちました。
まず三走の今岡誠選手が生還。続いて二塁から代走・中村豊選手が本塁へ突入します。足からスライディングして左手でベースタッチし、捕手も懸命にタグを狙います。クロスプレーであることは確かでした。私は目の前で中村選手の手がベースに触れたことも見ていました。しかし、私はアウトの判定を下しました。当時、リプレー検証があれば判定が覆っていたかもしれません。
中村選手や阪神首脳陣から猛抗議を受けました。ですが、当時のルールでは判定を覆すことができません。阪神は3点リードでなおも二死一、二塁となるところ、2点リードで中日の攻撃を迎えることになりました。ここで阪神は守護神の久保田智之投手をマウンドに送り出しました。
その日の久保田投手は好調とは言えませんでした。無死二、三塁のピンチを迎え、打者は谷繁元信選手です。打球は二塁方向へのゴロとなりました。やや深い位置で捕球した二塁・関本選手はスタートを切った三走・アレックス選手の本塁突入を阻止しようと送球。ホームはクロスプレーになりましたが、私の判定はセーフでした。
阪神としては自軍に不利な判定を終盤に立て続けに受けた形となります。阪神ベンチからは9回表の攻撃での経緯もあり、岡田監督をはじめ首脳陣が飛び出してきました。私に向かって突進してくる岡田監督の横に平田勝男ヘッドコーチが並走。平田ヘッドの制止を振り切るように岡田監督が左肩から私にドーンと体当たりし、その後は私と岡田監督の間に平田ヘッドが立ちはだかり、必死に制止していました。
私はこの時点で岡田監督に暴力行為での退場を宣告しています。そのまま阪神首脳陣がなだれ込むように私に向かってきて入り乱れた状況でした。平田ヘッドが暴力行為で退場になってはいますが、これは監督の退場に慎重だった責任審判に対し、平田ヘッドが「じゃあ、俺が出る」と申し出た結果でした。
岡田監督は選手全員をベンチに引き揚げさせ、試合が18分間中断することになります。ナゴヤドームの三塁側ベンチ前では岡田監督と審判団が一触即発ムード。放棄試合も辞さない構えでした。
ベンチには当時の球団社長・牧田俊洋さんもやって来ました。「試合を放棄するとペナルティーは3億円」と必死の説得です。何とか試合は再開されることになりました。場面は阪神1点リードで無死一、三塁。ここで中日は犠飛で3―3の同点に追いつきました。












