【橘高淳 審眼(38)】前回は巨人在籍時代のダレル・メイ投手の危険球に関してお話しさせていただきました。死球や危険球という話題となれば、私にとっては1990年代の長嶋巨人と野村ヤクルトの死闘が思い出されます。

 94年5月11日のヤクルト―巨人戦での出来事でした。2回、ヤクルト先発の西村龍次投手が打席の巨人・村田真一捕手に投じたボールはヘルメットの上からとはいえ、左側頭部を直撃しました。村田選手は頭を抱えながら転倒。それでもすぐに立ち上がり、怒りの形相で西村投手に向かって行こうとしました。

 ですが、3歩ほどマウンドに向かったところで地面に崩れ落ちました。村田選手は担架に乗せられてグラウンドから運び出され、病院へ搬送されることになりました。この時点で田中俊幸球審から危険球、警告試合が宣告されました。

 そして3回。西村投手に打席が回ると木田優夫投手から左臀部に“報復”の死球が与えられました。ホームプレートからかなり離れて打席に入っていましたが、微妙な空気が球場に漂いました。これにはヤクルト・野村監督から猛抗議です。明らかな故意死球だろうという内容です。

 両軍に険悪なムードがある中で7回に事件が起こりました。西村投手がグラッデン選手の内角高めに投球すると、グラッデン選手がのけ反って転倒。そのまま大乱闘に発展しました。マウンドに向かうグラッデン選手を制止した中西捕手が右アッパーを食らったことを合図に両軍ベンチ総出の大騒動です。

 このため西村投手は危険球、中西捕手、グラッデン選手は暴力行為のため退場処分。事態を重く見た当時の川島広守セ・リーグ会長が後日、東京・銀座のセ・リーグ連盟事務所に西村投手、グラッデン選手の両者を呼び出して事情聴取を行う異常事態となりました。

 グラッデン選手は右手の指を骨折した上に出場停止12日間と制裁金10万円。西村投手は出場停止5日間と制裁金10万円、中西捕手は戒告処分となりました。巨人の村田捕手が無事だったのは不幸中の幸いですが、あってはならないプレーでした。あの日のプレーがきっかけで「危険球」という概念が定着しました。

 この試合で私自身は球審をしていませんでしたが、長くこの仕事をしていると打者の近くに投球が来るなというのは分かります。故意かどうかはそれぞれのバッテリーに聞かなければ分かりませんが、こちらとしても感じるものはあります。

 現在は侍ジャパンが常駐する形で存在し、各球団のトップ選手たちが仲間として日本代表で外国チームと戦うようになりました。コミュニケーションを取ってしまうと仲は深まります。昔は「試合前に敵チームとあいさつするな」と激怒した指揮官もいましたが、時代は変わりました。

 どちらにせよ、頭部死球に関してきちっとしたルールがあることはいいことだと思います。選手寿命を縮められるようなことがあっては理不尽です。頭部死球の経験者に直接聞いた話の中には、打席での感覚が元に戻らなかったという事例もあります。いい選手が試合中の事故に巻き込まれないことを願います。