【橘高淳 審眼(43)】リーグ優勝を左右する一戦で自軍にとって不利な判定を立て続けに受けた阪神タイガース。2005年9月7日の中日―阪神(ナゴヤドーム)での出来事です。
9回の阪神の攻撃で本塁はクロスプレーでアウトの判定。逆に2点リードで迎えた守備では、本塁のクロスプレーで中日にセーフの判定があり、1点差に迫られてなおも無死一、三塁の大ピンチです。抗議に出て私と接触した平田勝男ヘッドコーチに退場を宣告。岡田彰布監督はナインをベンチに引き揚げさせ、18分間の猛抗議という波乱の展開となりました。
マウンドには守護神・久保田智之投手が立って試合は再開され、犠飛で3―3の同点。そこから一死一塁、荒木選手の飛球を中堅手・赤星選手が落球してピンチが二、三塁に拡大します。ここで次打者・井端選手には敬遠で満塁。阪神側からすれば納得がいかない判定があった中、クローザーがサヨナラ負けの大ピンチを背負っている状況です。ここで岡田監督は、このシーズンで初めて自らマウンドに足を運びました。
いろいろな報道資料にそれぞれの見解や、当時の岡田監督のコメントなどが記述されています。あの場で指揮官がマウンドでバッテリーと内野陣を鼓舞した内容。それはこういうことだそうです。
「もう、めちゃくちゃやったれ。当ててもええから。インコースを攻めぇ。ええからな。絶対に逃げるな。俺が責任取るからな。(責任は)お前らやないんやから」
文章で表現するのはすごく難しいです。私は球審として出場していましたが、自分のなすべき仕事に必死です。当然、どちらかに有利、不利に判定をするなどということは絶対にありません。両軍ともにベンチから見ていたら自軍に有利な判定が欲しいのは当たり前でしょう。
それなりのクロスプレーになれば、判定の判断が難しい場合もあります。当時も今もルールブックでは審判員の判定が最終裁定。当該プレーの直後に自身で下した判定を覆せないんです。当該審判の責任で押し通すしかありません。時代がなせる業というのか、自分たちの時代ではそうするしかなかったんです。
当時はよく各チームの監督から捨てゼリフに「ビデオ見てみい」と言われたものです。丁寧に「ビデオ見てくださいね」と言われることもありましたが、その場で判定を変えることもできないですし、間違っていたかもしれないと謝ることもできない。変えられないのがルールだったんです。
試合の場面に戻ります。当時の映像を確認するとマウンドにいた久保田投手の表情は硬いままでしたが、表情に変化がありました。矢野捕手は笑みを浮かべました。岡田監督のゲキに反応してのものです。
マウンドに集まった岡田監督、バッテリーと内野陣。その会話が長引くと審判から試合再開を促す光景をよく見ると思いますが、その時の私は声をかけることをやめました。時間を取ってあげたかったとまでは言いませんが、察してください。
両軍3―3の同点で9回裏の中日の攻撃が続きます。試合再開となると、阪神・久保田投手のボールが明らかに変わっていることに驚きを覚えました。












