【橘高淳 審眼(41)】タイガースファンであれば記憶されている方も多いと思います。阪神が岡田監督の下で初めてリーグ優勝を果たした2005年9月7日の出来事です。2位の中日と3ゲーム差でナゴヤドームでの3連戦に乗り込んだタイガース。前日6日の第1戦ではエース・井川慶投手を先発に立てて敗れ、2ゲーム差で第2戦を迎えていました。

 私の記憶では、そこまで阪神と中日が競り合っている感覚はなかったんです。仮に3連敗したとしても、まだゲーム差で並ぶという状況です。それでも現場でプレーする選手たちからすれば、相当な重圧がかかっていたのでしょう。こう言ってはなんですが、マスコミの皆さんは「天王山」とムードをあおるわけですが、個人的には勝負どころはまだまだ先だと感じていました。

 試合は中日先発・川上憲伸投手、阪神先発・下柳剛投手でスタートしました。4回に阪神・金本知憲選手の左越えソロで先制。同点の8回には鳥谷敬選手の勝ち越し適時二塁打で阪神が2―1とリードしました。そして9回表に阪神が二死満塁のチャンスを迎えます。ここで代打に関本賢太郎選手を起用。右前へ安打を放ち、三塁走者の今岡誠選手は生還し、続いて二塁から中村豊選手が本塁へ走り込んできました。

 映像では中村選手が足からスライディングし、捕手のタッチをかいくぐって左手でベースに触れているように見えます。私も中村選手の左手が入っていることを目の前で見ていました。しかし、判定はアウトです。なぜ?と思われるでしょう。公に受けた取材でウソをつくつもりは毛頭ありません。表現は非常に難しいです。私はプレーをしっかり見ていましたが、判定はアウトだったんです。その表現で察していただけるでしょうか。審判員にとってよくない間(ま)が入ってしまいました。

 意図的にどちらかを有利にして演出しようなどということはありません。こちらも真剣に仕事に臨み、審判員としてベストを尽くして仕事を全うしようと臨んでいます。ですが、人間は誰でも間違いを起こします。あの当時、リクエスト、リプレー検証というルールが存在すれば判定は覆ったかもしれません。ただ、当時のルールでは私がアウトを宣告したことを取り消すことはできません。

 明らかに落球していたなど、そういう事実があれば判定を訂正することはありましたが、そういった場合以外は判定を変えることはできません。中村選手から抗議を受けましたし、阪神ベンチから首脳陣が押し寄せてきました。ですが、ここは判定を覆せない限り状況は変わりません。

 阪神は3点リードでなおも二死一、二塁となるところ、2点リードで9回の中日の攻撃を迎えることになりました。ここで阪神は守護神の久保田智之投手を投入しました。無死二、三塁と中日に反撃され、打者・谷繁元信選手の深めの二ゴロで三塁走者だったアレックス選手がホームに突入してきます。

 これもクロスプレーとなり、本塁での私の判定はセーフ。阪神が1点差に迫られ、なおも無死一、三塁という大ピンチとなりました。自軍に不利な判定を受けた阪神ベンチからは、岡田監督が血相を変えて飛び出してきました。