元DeNA・井手正太郎さん 果物などの通信販売業を中心に多忙な日々 “井手牛”ブランドを作りたい

2019年07月23日 11時00分

特産品通信販売で奮闘する井手さん
特産品通信販売で奮闘する井手さん

【異業種で輝く元プロ野球選手】DeNAの本拠地がある横浜・関内駅。そこから徒歩1分ほどの雑居ビルを拠点に会社経営者として多忙な日々を送る元プロ野球選手がいる。現在、果物の通信販売業を中心とした「株式会社ニーロク」の代表取締役を務めている井手正太郎さん(35)だ。

「社名は現役時代の背番号に由来しています。僕は会社の代表ではありますが、社員は自分とスタッフ1人だけ。大企業の社長さんなどとは比較になりませんよ」

 控えめにこう話す井手さんは宮崎・日南学園から2001年ドラフト8位で福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)に入団。以後、移籍したDeNAを含め15年間にわたり球界で存在感を示した。

 そんな井手さんが起業を決意したのは引退直後の17年だった。

 当時、DeNAの球団職員としてアカデミーのコーチに従事していたものの「選手時代に比べ給料が激減したことや、実家(宮崎)の近所が果物農家という縁もありまして。それなら地元の特産品を自分が直販してはどうか」と一念発起。宮崎の特産品であるマンゴーとメロンの通信販売業を始めた。

 高校卒業後から野球一筋だったため、会社経営や営業ノウハウは皆無。当初は社会の厳しさを痛感させられた。

「知り合いにお願いしたりSNSを駆使したおかげで、起業当初から結構売れたのですが、マンゴー(4~8月)もメロン(12~6月)も季節商品。旬の時期以外は売るものがないのです。そこで18年からは宮崎で養豚業を営む幼なじみからの要望もあり、自社名を付けた『ニーロク豚』の販売を始めたのですが、今度は販売網がなくて。事業運営のため貯蓄していたおよそ1000万円の資金はわずか1年でなくなりました。どうすれば売れるか。試行錯誤の毎日で不安ばかりでした」

 心が折れそうな日々を支えたのは07年に結婚した妻・絵美さん(33)と現役時代からのファンの存在だった。

「妻はいつも『何とかなる精神』というか、厳しい状況に置かれても常に前向きな気持ちで『大丈夫』と言ってくれるので救われます。これは現役時代からのファンの方々も同じ。SNSなどを通じて常に僕を応援してくれる。中には『どこどこの飲食店が井手さんの豚に興味があったよ』というような有益な情報を送ってくれた人もいました。それをもとに営業に伺って販路を開拓できたこともありました。家族やファンには感謝しかありません」

 起業して以来、休みはほぼない。金銭的にもプロ野球選手の時のような給料は稼げていない。それでも実直な性格と自ら足を運ぶ営業は成果に表れ始めている。

 果物の通信販売は年々売れ行きが伸び、自社ブランドの豚を扱う飲食店も横浜や都内を中心に30店舗にまで拡大した。今夏には車での移動販売事業にも参入予定。DeNA二軍の本拠地・横須賀スタジアムにキッチンカーを出店、豚100%のオリジナルハンバーガーやギョーザを提供していくという。

「現時点では宮崎特産の果物と豚しか扱っていませんが、僕の実家は牛農家。肉牛の取り扱いはブランド名の許諾など複雑な事情があり大変ですが、将来的には実家の牛を使って“井手牛”を作りたい」

 オフィスの窓からかつて自身が躍動した横浜スタジアムを見つめこう誓った井手さん。旺盛な行動力で新たな進路を切り開く。

 ☆いで・しょうたろう 1983年宮崎県生まれ。日南学園高から01年ドラフト8位で福岡ダイエー(ソフトバンク)入団。04年3月に一軍初出場。10年4月に吉川輝昭との交換トレードで横浜(現DeNA)へ移籍。16年に戦力外通告を受け引退。球団職員を経て17年末に「株式会社ニーロク」設立。現在は宮崎県の特産品通信販売の他、各種イベント運営やバッティングセンターでの個別指導なども行う。プロ通算成績は338試合で打率2割3分6厘、15本塁打、89打点。身長179センチ、右投げ右打ち。家族は妻と2男1女。

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