今年5月、ソフトバンクは独立リーグ・徳島から小林樹斗投手(23)を獲得した。昨年オフに広島から戦力外通告を受けた右腕は、諦めることなく新天地で腕を振り、再びNPBに舞い戻った。ホークスで一軍戦力になるために──。今の思いと、〝師〟ともいえる元同僚右腕から受ける刺激について語ってもらった。
――5月にホークスに加入。少しずつ慣れてきたか
小林 そうですね、やっと少し落ち着いて野球ができているかなと思います。(ホークスの)施設は最新のものを取り入れてたりしていて、僕自身初めての経験もあったので、そこは日々勉強しながらやれてるかなと。(広島とは)選手、スタッフさんの数も違うし、なかなか名前を覚えるのも時間がかかるなと。そういう部分から組織の大きさは感じました。
――二軍では先発ローテーションとして回っている
小林 去年はカープで中継ぎをやっていて(今年)先発をやるのは2年ぶりなので。徳島時代は先発で長いイニングを投げるのが難しかった部分もあった。先発、中継ぎにこだわりはなくて、与えられたところで結果を出したいという気持ちだけなので。本当にどのポジションでもいい準備ができるようにと思って、日々過ごしてます。
――広島を戦力外になって独立リーグの徳島インディゴソックスに。決め手は
小林 徳島のトレーナーの方が母校の方に指導に行っていたり、それこそカープ時代の同期入団の方がインディゴソックス出身の方がいたので。そういう人にも助けてもらいながら、戦力外受けた後からNPBに戻るには一番どこが近いのかなというのを考える中で、そこに決めた。
――戦力外を受けて野球をやめるという選択肢は浮かばなかったか
小林 ケガもありましたし、少し考えた期間もありましたけど。でも冷静に考えてみて、野球しかないなっていうのもあった。年齢的にもまだまだ周りのみんなも野球をやっていたので、やめるところじゃないなと決心がついた。続けてよかったなと思います。
――シーズン中のNPB復帰は想像していたか
小林 僕の立場だと(シーズン途中でも)契約できるのもあったので。戻るなら7月30日までと。今年開幕した時からそこを目指してやっていたので。まずはひとつクリアできて、よかったなというのはあります。
――独立リーグは地域密着、感じた刺激は
小林 清掃活動などの地域活動に積極的に参加するようなリーグ、チームでもあったので。今まで経験できなかったことができて、新鮮な気持ちでいろいろ野球にもつながったかなと思います。
――3月にはWBC韓国代表のサポートメンバーに選出され、日本での強化試合にも登板した。得たものは
小林 今まで日本の野球しか知らなかったので、アメリカでやっている選手も何人かいましたし、それこそKBOの中でもトップレベルの選手が代表には来ていた。韓国は投手より打線の方が強いイメージがありますけど、いろんな野球を知ってみたいなっていうきっかけにもなりましたし。その時はまだNPBに決まってなかったので、KBOを含めて(レベルの)高いところでやりたいなとは思ってました。
──憧れの投手はいるか
小林 憧れというよりはカープ時代、大瀬良さんと一緒にずっと自主とやらせてもらっていた。そういう身近に活躍されてる選手がいて、一緒に練習させてもらって。いろんな刺激を受けたり、こうなりたいなと思ってました。
――ホークス入りが決まった際には連絡は
小林 野球のことだったり、いろいろ相談はさせてもらっていたので。「1日でも早く(NPBに)戻りたい」とは(大瀬良さんに)常に話していた。(復帰の時は)「思ったより早く戻れてよかったね」っていうのと「ここからだから、もう1回頑張れよ」と連絡をいただきました。
──今後に向けての目標は
小林 とにかく一軍に上がって、チームの勝ちにつなげられるような投球をしたいと思ってるので。自分の数字がどうこうというよりも、そこにこだわってやっていれば、おのずと数字もついてくると思う。とにかく勝つために何ができるかというのを日々考えて。一軍の戦力になりたいなっていう思いで過ごしてます。
☆こばやし・たつと 2003年1月16日生まれ、和歌山県日高郡美浜町出身。右投げ右打ち、投手。背番号165。身長182センチ、体重87キロ。智弁和歌山高では2年時に甲子園で奥川率いる星稜(石川)と対戦。先発で4回途中1失点の投球を見せたが、チームは敗れた。2020年ドラフト4位で広島に入団。プロ入り後は度重なるケガに苦しみ、一軍登板は2試合のみに終わった。25年オフに戦力外通告を受けると、26年からは独立リーグ・徳島でプレー。5月に育成契約でホークスに加入した。二軍では8試合に登板し3勝3敗、防御率2・15(7月26日現在)。















