早大野球部には夏恒例の合宿、キャンプと呼ぶ方もいますが軽井沢で1か月にわたる強化練習が行われます。岡田彰布の才能にほれ込み、期待していた私は夏休みを利用して練習を手伝いに来てくれる早大野球部OBたちに「あの1年坊主をしっかり覚えとけよ。すごい選手になるからな」とPRしまくりました。

 すると、先輩たちは岡田に対して「それでしたら私がノックを打ちましょう」とノックバットを握ります。そうすると岡田とすれば、自身に何度も何度も個人ノックの順番が回ってくるわけです。先輩は入れ替わり立ち替わり、1日で500本以上――? 岡田本人いわく「1000本なんかじゃなかった」と話しているように、大変な量の練習を積み重ねたと思います。岡田は「いくら、1億でも2億でもお金を積まれても、もう軽井沢合宿はやりたくない」と話しているそうですが、1年生でよく耐えたと思います。

 普通は個人ノックのターゲットに一度なれば、自分の順番などしばらくは回ってこないだろうと思うものです。しかし、私のPRの効果もあって岡田には何度も指名が入ります。「また俺ですか?」。そんな心の声が普通の学生なら表情に出てしまうものなんですが、岡田は嫌な顔ひとつせず平然と三塁のポジションに入っていきました。

 午前中の練習が終わると1年生がグラウンド整備を行います。他の1年生はまだ疲れてはいませんが、岡田はもうクタクタに違いないんですよ。自分はあれだけ絞られたんだから他の1年生に任せておけばいいかという気持ちになってもおかしくないんですが、当然のように表情も変えずにトンボを持って整備に取りかかる選手でした。

 技術というのは教えれば身につくものですが、こういった精神力を含めた内面的な強さというものは簡単には育ちません。一流選手になるための人間としての強さを持った選手だと思ったと同時に、野球そのものが好きなんだなとも感じましたね。

 軽井沢合宿は午前中、通称・沓掛神社(長倉神社)まで往復1時間の長距離走を行います。部員120人の大所帯が参加し、上位20人以下の成績となるとランク別に罰ゲームも用意されていました。だから、みんな必死です。

 宿舎では下級生は皆、大部屋で雑魚寝です。しかし、そんな中で私は岡田を主将部屋に入れることに決めました。昼間に散々絞られた上に、夜はキャプテンと同じ部屋での生活です。気が休まる時間もなかったことでしょう。それでも岡田の将来性を考え、あえてそういう決断をしました。

 岡田の1年夏の合宿中のエピソードではこんな話もありました。学生たちに「プロ野球選手で誰が一番のいいバッターだ?」と質問すると、当時はほとんどが長嶋茂雄、王貞治、張本勲の名前が並ぶんです。もちろん、みんないい打者であることは間違いないんです。それでも岡田は筋金入りの阪神ファンですから、藤田平と返答してきました。

 阪神生え抜きで初の2000安打を達成した巧打者です。スタイルとしては本塁打狙いではなくセンター中心の広角打法。私も藤田平さんの打撃スタイルは好みでした。

 夏合宿を終えると秋のリーグ戦。私は岡田をレギュラーで起用する決断を下しました。