【森脇浩司 出逢いに感謝(36)】1986年に腰骨骨折という大ケガに見舞われ、もうこのストレスを乗り切れないと思った。正直、野球をあきらめた。カープのユニホームを球団に返し、シーズンが終わると新しい人生が始まる。野球ができなくなる寂しさと、もうこんなケガをすることもなくなるという気持ちと…。

 入院してコルセットをつけて寝たきり。歩けるようになっても12月から新しい職に就かないといけないので、入院中に英語を勉強しようと思った。英語ができれば何かの役に立つはずと思い、ラジオの英会話講座を朝6時半、昼の12時半、夕方6時半の1日3回、テキストを購入して聞いていました。野球に対しての復帰準備じゃなく、12月からの新しい人生のスタートと思って前向きでした。

 途中、血の巡りがよくなくて足が冷たくなったりすることもあったけど、徐々に負荷をかけて歩けるようになり、退院して二軍の宮島の大野寮に戻ったんです。二軍も遠征に行くと誰もいなくなる。室内練習場で片手でボールを打ったり、英語の勉強をしたりして過ごしました。

 リハビリ中のある日、コルセットを巻いて海の方に歩いていくと芝生があるんです。海辺でぼーっとしていたら、1人の女性がいた。僕より少し若くて22~23くらい。寂しそうに海を見つめ、ふいにペンダントを海に投げたんです。普通じゃないな、と思った。

 声をかけなきゃしょうがないような状況だったので「どうしたんですか」と…。結論から言えば自殺しにここまで来たということでした。つらいことがあって生きる気力がなくなったと…。僕がカープの選手だとは言わず、自分も今、ケガをしてこういう状態なんだという話をし、最後は「私も頑張って生きようと思います」と言ってくれました。

 自分も苦しい時期だったし、話して踏みとどまってくれたなら、その時間に一呼吸置けたのかもしれません。僕の人生で大きな思い出だし、振り返るとそのシーンがよみがえりますね。

 6月くらいからジョギングができるようになり、8月に二軍戦に出るまでに回復した。そして9月に一軍復帰…。ヤクルトに勝って優勝し、西武との日本シリーズにもベンチ入りできた。腰の骨折という大きな出来事は25歳の僕には気持ち的にも物理的にも苦しく、いったんは野球をあきらめた。だけど、引退したのはその11年後ですよ。人の先というのは分からないな、と改めて思う。今がダメだからといってこの先もずっとダメかといったら決してそんなことはない。成功か成功じゃないかとかではなく、人の先って分からないから面白い。

 僕の人生を振り返ることで、現時点でうまくいっていない人にも勇気を与えたいな、と思いますね。人間捨てたもんじゃない。心も体も元気じゃないのはよくないけど、どちらかが元気ならいろんなことが起こると思うんですね。